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遺書の謎
JUGEMテーマ:日記・一般
 
先週の日曜日に「原子力ムラの陰謀」という本を上梓した
今西憲之氏の講演に行ってきました。

この講演の中で、もんじゅ事故で「自殺」した西村茂生氏についても
触れられました。

西村氏の死についてはこのブログでも何度かリポートしていますし
非常に謎の多い「死」だと思います。

http://blog.iwajilow.com/?eid=1071245

ただ「遺書」があったことから「自殺」と断定されました。

今西氏はこの遺書について非常に重要な指摘をしていました。

亡くなった西村氏は動燃の文書課というところに勤務していました。
そこの責任者でもありました。

まだパソコンなどが普及していなかった当時、
文書化が国などに提出する文書を作っていました。

西村氏が文書を書き、それを秘書がワープロに打ち清書していたのです。
ですから文章能力、漢字能力ともに相当なものがなければ務まらない職場でした。

ところが西村氏の「遺書」と呼ばれるものには、結構誤字脱字が多い。
特に気になるのは「勘違い」という字を「勘異い」と書かれているところです。

なぜこのような間違いをしたのか?

今西氏によると西村氏の「自殺」の第一発見者の理事が
西村氏の死から数カ月たった時に「西村氏の自殺についての一考察」という文章を発表しているそうです。

実はこの文章の中に「勘異い」という同じ時の間違いがあった。

そしてこの遺書には死をほのめかすようなことは一切書かれていません。
「お詫び文」あるいは「始末書」のような感じです。

誰かにこの文章を写せと言われたのではないか?
そんなことすら考えに上ります。

もうひとつ、西村氏は「自殺」当夜、この理事とともに次の日の出張に備え
東京駅近くのホテルに宿泊したことになっています。

理事は朝、待ち合わせの時間に西村氏がロビーに来ないので
フロントでマスターキーを借りて西村氏の部屋に行って
そこにいないので慌てて非常階段から下を見たら西村氏の死体があったと言っています。

今西氏は疑問を呈します。
「はたしていくら同宿していた人間といっても
ホテルの人間がマスターキーをやすやすと貸すだろうか?

普通であれば、フロント人間が一緒には部屋まで行って
ノックをしたうえで応答がないのを確認してから
一緒に鍵をあけるのではないだろうか」

では、実際はどうだったのでしょうか?

西村氏は「実はこの理事がキーを持っていたのではないか」と言います。

さて僕は西村氏が亡くなった1月のまさに同じ日の同じ時間にこのホテルと
訪ねたことがあります。

発見されたのは朝の6時です。

1月初旬の朝の6時。発見された場所はホテルの脇の隙間のようなところです。
明りは一切ありません。

僕には真っ暗で何も見えませんでした。。


西村さんの葬儀:遺族の意に反して田中真紀子科技庁長官(当時)
が参列するなど派手なものになった。
posted by iwajilow | 20:15 | もんじゅ裁判 | comments(2) | trackbacks(0) |
棄却の嵐 蘇廚麓殺ではありません・もんじゅ裁判〜
JUGEMテーマ:日記・一般

ここ数日間、僕が注目している裁判で原告敗訴の判決が続いています。
裁判所と言うものは強いものの味方なので、そういうものだろうとは思いますが、さすがにここまで続くと凹みます。

もんじゅの裁判では最高裁で遺族の請求が棄却され、原告敗訴が確定しました。

<もんじゅ自殺訴訟>動燃職員遺族の上告を棄却
毎日新聞 2月1日(水)19時37分配信
 高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)のナトリウム漏れ事故(95年)を巡り、内部調査を担当して自殺した動力炉・核燃料開発事業団(動燃、現・日本原子力研究開発機構)の総務部次長だった西村成生さん(当時49歳)の遺族が、機構に損害賠償を求めた訴訟の上告審で、最高裁第3小法廷(寺田逸郎裁判長)は1月31日付で、遺族側の上告を棄却する決定を出した。遺族側敗訴の1、2審が確定した。
 1、2審判決によると、動燃は事故翌日に現場をビデオで撮影したが公表しなかった。西村さんは翌月の記者会見で、ビデオの存在を内部調査チームが把握した時期について事実と異なる日付を回答し、翌日に宿泊先で自殺した。遺族側は「幹部から記者会見で虚偽の発表を強いられたのが自殺の原因」と主張したが、1、2審ともに「虚偽発表の指示はなかった」と認定した。

裁判所は全国の注目する記者会見で一社員が勝手に「虚偽発表」をしたと認定しました。しかもその記者会見には理事などの幹部も出席していました。いわば、幹部に監視されながらの記者会見です。そこで敢えて一社員が勝手に「虚偽発表」をしたそうです。さらに会見の中では訂正も行われませんでした。すごい認定ですね。。

そもそも西村さんの奥さんは夫が自殺したとは思えませんでした。
会社から連絡を受けて病院に向かっている車の中から流れてくるラジオのニュースでは「頭から血を流している」とされていました。ところが病院で対面した遺体の頭からは血など流れていませんでした。それどころかホテルの8階、30mの高さから投身自殺したとされているにも関わらず、顔も頭もきれいなままでした。手足もきれいなままでした。この時から疑念が広がります。遺書とされているものに記された日付や時刻の筆跡が違うことも気になりました。

「夫は殺されたのかもしれない」。

マスコミ接触して訴えようと思いました。ところが動燃の社員が四六時中へばりつき、マスコミに接触させてもらえません。

検察にも2回行きました。しかし「犯罪として取り扱うことはできない」と門前払いされました。

動燃にも何度も説明を求めました。しかし、何の説明もありませんでした。

奥さんはたった一人で動き始めました。すると深部体温が死後2時間しか経っていないのに27℃だったことが分かりました。当時6℃〜8℃だった外気温にさらされていたとしても深部体温は1時間に1.8℃程度しか下がりません。すると死亡時刻はホテルにチェックインするよりも前の時刻になってしまう。。。

この件については僕も法医学者に聞きましたが、「裸で氷漬けにでもされていたのですか?」と聞かれました。そして「それでも2時間で10℃は下がらないですね」と言われました。

深まる疑念。奥さんは裁判を起こそうと思いました。しかしなかなか引き受けてくれる人がいません。「他殺は無理ですが安全配慮義務違反での提訴なら引き受けます」という弁護士さんが現れました。このままでは証拠も何もなくなって真相は全く明らかに出来ないかもしれない。奥さんは裁判では「他殺説」を封印し「安全配慮義務違反」で裁判を起こしました。

色々な事がわかってきました。

当時、西村さんは翌日、もんじゅのある敦賀での記者会見に向かうためにホテルにチェックインしたとされていました。しかし翌日は土曜日で記者会見の予定はありませんでした。さらに出張の予定があることを知っていたのは同行した理事だけで他の幹部は誰も知りませんでした。

第一発見者は同行した理事でした。この理事は西村さんとフロントで朝6時に待ち合わせていたものの来ないのでフロントでキーを借りて一人で西村さんの部屋に行きました。そして部屋にいないので非常階段の扉をあけ、下に倒れている西村さんを発見しました。

フロントが他の部屋のキーを貸すということがあるのでしょうか?もしあるとしても必ずホテルの人間が同行するのではないでしょうか?なんでいないからと非常階段の扉を開けるのでしょうか?

西村さんは夜中にフロントに浴衣姿でFAXを取りに来たとされています。しかし遺体はスーツ姿で発見されました。着替えて自殺したのでしょうか?

そもそも裁判ではこのホテルの宿泊記録などは提出されていません。西村さんがホテルにチェックインしたかどうかも客観的証拠によっては裏付けられませんでした。

西村さんが上告棄却を知ったのは1日の午後弁護士さんからの電話連絡だったそうです。そのとき、西村さんはスポーツジムで泳いでいたそうです。「ロッカーの中に携帯電話置いていたから、知ったのが3時頃だったのよ。5時から記者会見やるっていうから、もうバタバタだったの」と言います。

そしてその席で「『夫は自殺じゃないと思います』と言うからね」と弁護士さんにいい、初めてこの裁判の記者会見で自分の考えを言ったそうです。

「言わないと本当のことが伝わらないですからね」と言います。

しかし、残念ながらそのことを報じた社は僕の知る限り一社もありません。

しかし西村さんは今後も何らかの方法で真相究明を続けていきたいと言います。
僕も注目していきたいと思います。
posted by iwajilow | 08:52 | もんじゅ裁判 | comments(1) | trackbacks(0) |
もんじゅ西村裁判・上告へ
国会がおおもめにもめています。

鳩山献金問題とか小沢幹事長の金の問題をクローズアップしたい自民党と
そうはさせたくない民主党の戦いですね。

自民党が追及する献金問題にどれほど興味関心があるのか、説得力があるのかって僕は思ってしまっています。

それよりも初めて目の当たりする予算編成つまり事業仕分けの方が面白かったです、正直なところ。

さてその事業仕分けでもよくわからない結論だった「もんじゅ」。ここまで14年間1ワットも発電せず、すでに9000億円という莫大な国費が投入されています。そもそも試験運転の中止に追い込まれたのは1995年12月8日のナトリウム漏れ事故です。

「なぜ削らないのか」 福島氏、もんじゅ再開を批判
11月18日19時20分配信 産経新聞

 社民党党首の福島瑞穂消費者・少子化担当相は18日の記者会見で、行政刷新会議の事業仕分けチームが、高速増殖炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)の運転再開費(232億円)を削減しなかったことについて、「もんじゅは(平成7年の)ナトリウム漏れ事故以来、1ワットも生んでいない。大規模公共事業の見直しの観点からいえば、メスを入れるべきではないか」と述べ、事業仕分けチームの判断に異論を唱えた。


この事故ではさんざんビデオを隠して、重大事故ということを動燃(現・原子力開発機構)側は隠ぺいしようとしていました。その隠ぺい体質がうやむやになったのが、以前からリポートしている当時のビデオ隠し社内調査チームの一員だった西村さんの自殺です。

さてその裁判は先日、控訴が棄却されました。

原告の西村さんから10日に上告したという話を聞きました。

遺体の状況や深部体温など様々な不審な点のある西村さんの死ですが
改めて西村さんから話を聞き、見過ごしていた不審点に気がつきました。

それは西村さんの遺体発見の時の服装です。

西村さんは亡くなる前日午前0時45分から午前1時の間に遺体発見現場となるホテルにチェックインしたと報道されています。

そして午前2時30分ころ動燃本社からのFAXを受け取りに浴衣姿でホテルのフロントに現れたといいます。

そして午前6時に背広姿で遺体となって発見されました。

死亡推定時刻は午前5時です。

遺書には午前3時40分という時刻が記されています(しかもこの筆跡は西村さんと違う筆跡なんですが…)。

浴衣で寝ようとしていたんだけど、背広に着替えて非常階段から飛び降りた?

わざわざ着替えて自殺した?

そもそもこのホテルは宿泊記録も開示していない。
本当に泊っていたの?

泊っていたことを印象付けようとして、こういうことをいった可能性はないのでしょうか?

どうなんでしょう。。。
モヤモヤします。

posted by iwajilow | 02:23 | もんじゅ裁判 | comments(1) | trackbacks(0) |
事業仕訳で「もんじゅ」が議題に
僕は昨日も事業仕訳けの取材をしておりました。

昨日は第1弾の最終日ということもあり、かなりの人が傍聴に来られていました。また議論も白熱。オシオシでお昼も取れないほどでした。

僕はこっちの仕分けが終わったら、あっちの仕分けという取材の仕方をしているので全く休憩をとることができず、終わるころにはかなりヘトヘトでした。

しかし、そんな取材方法は僕の勝手で休みたければ勝手に休めばよく、何も強制されているわけではありません。まぁ愚痴です。。。

さて、そういった中であの「もんじゅ」が第3ワーキンググループで取り上げられました。

「えっ?廃炉?」などと思わず傍聴してしまいました。

財務省が問題にしたのは莫大な経費です。
現在、運転が停止しているのに年間200億円もの経費がかけられている。さらに研究開発費も年間200億円かかっている。今まで9000億円もかけて、95年のナトリウム漏れ事故以来、4度の運転延期。何の研究成果もあがってないではないか?本当に必要な研究なのか?
ということでした。

仕分け側からは「一回中断して世論の動向を見極めるとどういうマイナスがあるのか?」とか「将来的には利益が見込めるのか?」とか「他の自然エネルギーに比べてこれが優れているという点はどこなのか?」など様々な質問がありました。

安全性に関する質問が少なかったような気がします。

さて文科省側は
「現在、この技術は日本とフランスがトップ」「来年度運転できないと、インドが同じ型が同等以上のものの運転を開始するので、インドに負ける」「将来的には28万キロワットの発電が見込める」「自国で自給できる唯一のエネルギー手段」「石炭と同レベル程度の経費」「運転を停止すると、発電が遅れその分また経費がかかる」などとの答えが返ってきました。

仕分け側は「インドに1年くらい負けてもいいんじゃないの?今まで14年間も運転できなくて、しかも技術が安定するのが2050年ってことなら、そんなに急ぐ必要はないんじゃないの」という質問もありました。

財務省の主計官は
「今までやろうと思っても4回も延期されているんです。ですからこのまま進めても、運転ができるという見込みはどうだかわからないんです」という話が途中でありました。

安全性の議論はあまりなく、なんだかすでに確立された技術のような印象を受けたんだけど、本当かなぁ。

ですが、よくよく見るとこれ文科省案件。

なんと研究開発については文科省なんだそうです。

が、この議論は国のエネルギー政策を踏まえた上でやらないと判断ができない。一応仕分けはされましたが、またあらためて経産省とそのあたりも詰めながら再検討。枝野議員は「それによっては見直し、廃止もありうるけど、いいですね」と言っていました。

仕分け人の方々9人のうちの6人は「縮小、見直しだが運転再開はやむをえない」という結論でした。
posted by iwajilow | 08:40 | もんじゅ裁判 | comments(5) | trackbacks(0) |
もんじゅ裁判…西村さんの訴えはなぜ棄却されたのか
ものすごく寒くなってまいりました。
仕事の帰りに雨が降っていたのですが、
置き傘がある僕は「ラッキー」と思って
置き傘をさしつつ得意になって帰路に着きました。

が、しかし、会社を出て3歩も歩かないうちに突風に吹かれ
傘がおちょこに…。

傘を道端に捨てるわけにもいかず、壊れた傘を抱えつつ
トホホと、雨に打たれ帰ってまいりました。

そんな今日この頃、皆さんはどんな一日をお過ごしでしたか?

さて、先日の「もんじゅ西村裁判」判決の続きです。

(この項はもんじゅ裁判を知らないと理解するのが難しいので
 はじめての方はぜひ、以前のブログをお読みください)

主任弁護人の海渡弁護士は裁判所の判断をこう解説します。

「西村さんの間違いは本人のとっさの間違いであり
そのことを悔いて自殺をした。動燃側はそれを予測することはできなった。だから動燃に責任はないという判断」

裁判所は判決でこのときの虚偽発言が重大なものであったことを認めています

「もし虚偽の回答をしてしまったことが発覚した場合にはもんじゅ現地のみならず動燃本社までもが嘘をついているとして社会から厳しい指弾を受け、大石理事長の早期辞任はもとより、動燃体質論から同年の解体論にまで発展しかねない重大な事態を引き起こす危険性があった」

それほどの重大な嘘であったにもかかわらず、動燃は訂正する措置をとりませんでした。

しかし裁判所は「翌1月13日の定例記者会見において虚偽の回答を訂正する予定でいた」ので、善後策には問題ないとしています。

でも、動燃側は西村さんに「翌日、訂正の記者会見をするから大丈夫だよ」とも言っていません。「つもりだった」と幹部が証言しているだけです。

伝えなくても心ので思ったことを事実と認定する素敵な裁判官です。

さらに、今回の裁判で証人として証言した、当時のマスコミ対応の広報官は「会見の予定はなかった」としています。ところが裁判官は「証人の証言は措信できない」と理由も述べず一刀両断にして斬って捨てています。措信とは「信用する」という意味ですが、難しい言葉を使って体裁を繕っているようにしか見えません。「下々の君たちが使えない言葉を使えるほど、私は賢いのだよ」。

そんなことよりも、僕が疑問に感じるのは事件の起きた1996年1月13日って土曜日なんですけど、定例記者会見って土曜日も開かれるもんなんですか。

海渡弁護士は「それほど重大な虚偽発言した本人に訂正にの機会も与えず、訂正の記者会見の予定も教えず、次の日には『敵地(もんじゅのある敦賀)に出張しろ』と命じている。さらに科学技術庁には本当ことが記者会見の前に伝わっており、早晩嘘が発覚することはわかっていた。それにもかかわらず、自殺を予見できなかったんなんてことがあるでしょうか。まったくもっておかしい」と怒っていました。

僕はこの判決に「原子力は何が何でも推進する」という国の強い意思を感じました。最初に判決ありかなんでしょうねー。

裁判長は原田敏章という方でした。




posted by iwajilow | 22:01 | もんじゅ裁判 | comments(0) | trackbacks(0) |
またしても遺族の叫び届かず
「本件控訴をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」

裁判長はそれだけ言うと、引っこんでいきました。

傍聴していた息子さんは「こんなもんなんですか…」
と言葉がありませんでした。



このブログで何回かリポートしているもんじゅ裁判の控訴審判決が
昨日、東京高裁でありました。

「棄却なんて言われたらどうしよう」西村さんは、判決を前にしてそんな軽口も出ていました。それだけにショックも大きかったと思います。

判決の内容は後日改めてご報告しますが、本日は判決後の西村さんの言葉を紹介します。

「5年間という長い期間弁護士の方にお世話になって、いろいろなことがわかってきました。裁判もしなければ夫が亡くなった経緯も全くわからなかったわけです。

裁判が進むにつれて動燃ってどれだけいい加減な組織かということが明らかになってきました。まだまだ判決をよく見ないとわからないのですが、納得いかなければ上にあげなければと思っています。

私たち遺族が見たものと実態が違っているんですね。遺族がこんなこともまでやらなくちゃいけないということが、日本の社会はおかしいと思います」

動燃の検証チームに入れられたばかりに起きた不幸。

動燃仕切りで田中真紀子科技庁長官(当時)をはじめえらい方々がやってきて盛大にとり行われた葬儀。

しかし、費用は全部遺族持ちだったそうです。

それ自体、どうなの?と思います。




posted by iwajilow | 01:02 | もんじゅ裁判 | comments(1) | trackbacks(0) |
60歳主婦の戦い、ついに結審
14日、もんじゅ西村裁判の上告審が結審しました。

以前のブログは[こちら]

この事件は、事故の様子を撮影したビデオテープ隠しがキーです。

平成7年12月8日19時47分、 高速増殖炉もんじゅで事故が起きました。大量の冷却材・ナトリウムが漏れ、3時間以上燃え続けたという事故です。

動燃は翌日の16時に事故の様子を撮影し1分に編集したビデオをオリジナルとして公開しました。しかしこれが疑念を呼んだため次の日4分に編集したものを「こちらがオリジナル」と偽って公開。しかし事故から12日後の12月20日、県の立ち入り検査で、編集していないオリジナルビデオが発覚しました。

ビデオを隠していたことで「うそつき動燃」と非難を浴びます。
このため21日にビデオ隠蔽の社内調査チームが発足しました。
しかし、嘘はこれだけではありませんでした。

12月22日、科技庁の立ち入り検査で、今度は午前2時に撮影されたビデオが発覚しました。実はこの午前2時に撮影されたビデオは撮影後すぐ(撮影当日)コピーが本社に持ち込まれ中堅幹部が見たうえ現地の指示で隠蔽されます。

内部調査では23日にこの「本社に隠されていたビデオ」が発覚したのですが、これも動燃は隠し続けます。
翌1月12日の記者会見で、理事長がビデオの本社内持込を認識したのは「1月11日」という内容の発言をします。この後の調査チームの会見でも本社にビデオがあったことが発覚したのは「1月10日」という発表をします。

そしてこの虚偽発表から数時間後の13日未明、この調査チームのメンバーで、会見で虚偽発表した西村成生さんが遺体で発見されました。「自殺」として処理されます。
そしてこのビデオ隠蔽の真実は隠され続けました。

さて西村さんはなぜ亡くなったのか?遺族は、虚偽発表させられたのだから責任はあるでしょう、と主張しています。
しかし動燃側は西村さんの死と事故は関係ないと、責任はないと言い続けています。

これがこの裁判です。

弁護団は西村さんが死に追い込まれていった過程をこう主張しています。

「1月12日の1回目の記者会見(この日記者会見は3回行われている)で安藤理事は『どうして今日の報告になったのか』という質問に対して『明らかになった時点で報告することにとした』と発言つまり、この会見の直近にビデオの本社持込みが発覚したような回答である」

「また同日の2回目の記者会見では理事長が2時ビデオの本社持込みを認識したのは1月11日という発言をしている」(「昨日の夕方」と発言)

そして、動燃幹部はこの記者会見の後、「ビデオ持ち込み発覚は12月25日だったと発表するように明確な指示」はしていません。

その結果「理事長の発表にあわせるために西村さんはこの日の3回目の記者会見でビデオ発覚は「1月10日」と虚偽発表をせざるをえなかった」という経緯で西村さんは虚偽発表に追い込まれました。

この幹部の指示がなかったという根拠は
「西村さんの記者会見に同席していた安藤理事、渡瀬広報室長が『虚偽発表』するのを隣で黙って聞いていた」
つまり
「指示があったなら、同席した上司が訂正するはず」ということだったり

「また西村さんが作成した報告書で本社でのビデオ発覚について『12月25日』と明記されていたものが、後に上層部からの指示で削除」されていたことをあげています。

当時、嘘を重ねていた動燃は保身のためまた嘘をつかざるを得なかったのです。

しかし、この嘘もバレることが目に見えていました。

実はこの日の記者会見の想定問答集が科技庁にfaxされていました。そこには「ビデオの発覚は12月25日」と明確に書かれていたのです。そして、このfaxのコピーが西村さんの遺品の中から見つかっていました。西村さんは「科技庁は真実を知っている」ということを知っていたのです。つまり「嘘は科技庁にばれている」と認識していたのです。

さらにもんじゅのある現地での記者会見では1月12日、1回目の記者会見ですでに12月段階でビデオが発覚した可能性が大きいと発表されていました。つまり現地の発表と東京の発表も食い違っていたのです。

当時、「うそつき動燃」の「もんじゅは廃炉へ」と動燃は囂々たる非難を浴びていました。この危機を脱するために西村さんは「自分の言い間違いということにして自殺するしかなかった」というのが弁護団の主張です。

さらに弁護団は「動燃幹部は自殺を予見していた」としています。

その根拠の一つとして大森前もんじゅ所長の発言を取り上げています。
「東電での経験から、福島の事故の時は課長が自殺しており、取締役がノイローゼで入院した経緯もあることから、今回も自殺者が出る可能性もなくはないと思っていた」

そして動燃が「訂正会見」を行っていれば、自殺を回避することができたと主張します。
しかし、動燃はそうしませんでした。

「会見終了後、(記者会見に同席した)安藤理事及び渡瀬広報室長は、成生に対して成生が会見において回答案と違う答えをしたという事実の指摘をしただけで、その後の対応策について結局理事長に報告すらせず、『何の検討・指示もしていない』と証言しました」

「そもそも訂正の計画はなかった。少なくとも翌日、訂正するということを動燃は西村さんに伝えてはいなかった」

西村さんの死に動燃の責任はないのでしょうか?

当時の田中真紀子科技庁長官も訪れた西村さんの壮大な葬式は動燃が仕切っていたそうです。しかしその費用はすべて「遺族もち」だったそうです。

動燃からは見舞金すら出ていない、それどころか死についての説明もなかったといいます。

果たして西村さんの死に動燃は責任はないのでしょうか。

弁護士の先生によると
動燃側は「訂正会見の計画はあった」と言っているそうです。
しかし「会見の打ち合わせがされた形跡はない」と言います。

亡くなった西村さんの奥さんはこう言います。
「夫の死は単純な飛び降り自殺じゃないんです。すごくややこしい事件。松本清張の世界じゃないかと、相当大きい事件に巻き込まれたと感じます。他殺であろうが自殺であろうが安全配慮義務違反は認めてもらいたい。動燃が何かをしでかしたから主人は亡くなったんです」

そして
「死の真相がわかるまでお墓も作れないんです」と。




西村さんの妻・トシ子さん
posted by iwajilow | 00:39 | もんじゅ裁判 | comments(2) | trackbacks(1) |
なぜ夫は死んだのか〜もんじゅ裁判第8回控訴審
もんじゅ西村裁判の控訴審第8回公判が昨日開かれました。

もんじゅ事件
95年12月福井県敦賀市の高速増殖炉「もんじゅ」でナトリウム漏れ事故が発生。当時の動燃は当初「事故後の様子を撮影したビデオはない」としていたが、あることが発覚。さらに、そのビデオテープをオリジナルと言っておきながら後に編集していたことが発覚。さらに後日そのビデオの前に撮影したビデオがあったことも発覚。虚偽の報告を重ねたことが理事長の責任問題にまで発展した。
しかし翌年1月12日、この問題の調査チームの一員だった西村成生さんが「自殺」することで騒ぎは沈静化した。直前の記者会見で「虚偽報告」をしたことを気に病んで自殺したとされた。
この死に納得しない遺族が真相究明のために安全配慮義務違反で訴えた。
動燃側は自殺の原因となったとされる「虚偽報告」を大したことではなかった、とこれまで一切の責任を認めていない。
一審は動燃の責任を認めず遺族側敗訴。現在控訴審が争われている。


これまでのブログは[こちら]

これまで自殺した西村成生さんは「翌日の記者会見のためにホテルに泊まった」とされいました。ところが前回の公判で「翌日に記者会見は設定されていなかった」という証言が飛び出しました。

では西村さんは何のために上司とホテルに泊まったのか?そしてなぜ自殺したのか?

謎が謎を呼びつつ、控訴審もいよいよ終盤を迎えてきました。


今回、原告側は前回の公判で明らかになったことを再度確認しました。
前回の証人は科技庁から出向していた広報担当者です。この方が当時の記者会見などのマスコミ対応をすべて仕切っていました。以下、要旨です。

要旨 〜ここから〜

まず「翌日に現地(福井県敦賀市)で記者会見がある」とこれまでされていました。しかし翌日に現地で会見があるということを広報担当者が「知らなかった」ことが明らかになりました。

つまり西村成生さんの記者会見での間違いについて、動燃幹部たちは「翌日訂正の会見をしようと思っていた」と証言していますが、それ自体がなかったことがはっきりしました。

翌日の記者会見が設定されていないわけですから「勘違い」あるいは「虚偽報告」をした成生さんが間違いを正す機会はありませんでした。

広報担当者は「当日の深夜であっても会見の設定はできた」と証言しています。しかし動燃側はそれをしなかった。
さらに翌日は土曜日で定例の記者会見も設定されていませんでした。

〜ここまで〜

訂正しなければ、また嘘が独り歩きしてしまうのですが、その嘘を訂正する機会はなかったのですね。

「嘘の報告」…幹部がビデオが本社にもあったことを知ったのが本当は12月25日だったのですが、1月12日の記者会見で「1月10日に知った」と報告した。


さらに原告側はこう続けます。

〜要旨ここから〜

もっとも重要なのは3回目の記者会見(虚偽の報告をした会見)で事実と異なる発表をしたのに何もしなかったことです。会見に出席した上司は間違っているということをはっきり認識していたことは証言でも明らかです。この後の選択肢は二つです。「嘘を守る」のか「訂正する」のかです。

「次の日の定例記者会見で訂正するから」と証言していますが次の日に定例記者会見は予定もありませんでした。何の措置もとらなかったのです。混乱するのが分かっていて放置したのです。調査チームが嘘をついたことについて何らかの対策を取らなければならないのに、何もしなかったのです。

〜ここまで〜

この裁判は「安全配慮義務違反」、つまり「西村さんが自殺することになった責任は動燃にもあるでしょ」という訴えなのでこういう攻め方をするのですね。

ところが、この事件はそれだけとはとても思えないのです。(死亡推定時刻がおかしいとか、遺書の日時の筆跡が違うとかは以前のブログに書いてありますので参照してください)

例えば西村さんが自殺した当日、同じホテルに泊まった第1発見者の上司の証言もとても不思議な感じなのです。

その上司に弁護士の方と奥さんは昨年末会いに行ってきたそうです。

記者会見当日の12日に翌日の記者会見の打ち合わせをした。
出席していたのは理事長と総務部長と自分と西村さんが記者会見をすることを知っていた。
翌日の記者会見の準備はしなかった。
恥ずかしい話だが自分は西村さんが12日の会見で「間違えた」ことを知らなかった。

と話していたそうです。

「恥ずかしい話だが自分は成生さんが12日の会見で『間違えた』ことを知らなかった」と言っていたそうですが、僕の記憶ではこの方、裁判で遺体発見のときのことをこんな感じで証言していました。

「6時にフロントで待ち合わせたのですが、降りてこないので電話をしてもらった。しかし出てこないので鍵を借りて、急いで彼の部屋を開けると、机の上にメモとFAXがあった。もしやと思い、非常階段から外を見ると彼が倒れていた」

なんで間違えたことも知らないのに「もしや」と思うのだ?

さらにトイレで首つりとか疑わずに非常階段に行ったのはなぜだろう?

なんでフロントが鍵を渡すんだ?

そして記者会見をどうして広報担当が知らないのだろう?誰が関係各所に連絡して記者を集めるのだろう?

もし記者会見がなかったのなら何故朝の6時に待ち合わせるのだろう?

そして記者会見を知っていた4人のうち2人は亡くなっているんですね。

一緒に行った奥さんの話によると、この理事「うろたえていた」そうです。


さて今回の公判で動燃側は
「『定例会見は土曜日に行われていない』というのは事実に反する。当時行われていた証拠があるのでそれを次回期日までに提出する」
と一点だけ反論しました。


次回4月14日いよいよ結審です。
posted by iwajilow | 22:18 | もんじゅ裁判 | comments(0) | trackbacks(0) |
遺族の無念〜もんじゅ事故から14年目
1995年の昨日、福井県の敦賀にある高速増殖炉もんじゅでナトリウム漏れ事故が起きました。

その事故から13年、経済産業省の前で「もんじゅを廃炉に」というアピール活動が行われました。


8日経済産業省前

その中には、夫の死の真相をたった一人で探っている西村トシ子さんの姿もありました。西村さんは、経済産業省に要望書を手渡しました。


西村トシ子さん

(もんじゅ裁判については[こちら]へ)


その文章には、遺族の無念さがにじんでいます。

要望書

1.もんじゅを廃炉にすべきです。
(1)高速増殖炉事故後、14年間、無駄な年月と予算を注ぎ込み、国民の大使、心身ともに被害を与えている。
(2)高速増殖炉の技術及びその技術者の能力は不適格です。
(3)高速増殖炉事故後、1996.1.12科技庁で旧動燃総務部次長西村成生が記者会見後、亡くなりました。(殺害されたようです)
(4)1996.1.13多いし理事長と安東理事等は記者会見で「西村がホテルで遺書を書き、8階から飛び降り自殺した」と嘘で情報操作していました。
始末書を編集しい諸都市て発表し、遺体は転落死ではなかった。
(5)貴殿が遺体(西村)はっけんげんべの痛い証拠写真を入手し、2009.1.12までに当方へ文書、写真で回答してください。
(6)2008.12.8〜2009.1.12までに調査結果の公表を要望します。
(1995.12.8〜1996.1.12もんじゅ事故が発生し、西村が心配停止した日)



その後、少しだけ話を聞きました。


こういう要望書出すというのは初めてなんですけど、なかなか皆さんわかりにくい内容だと思うんですけどわかってほしいなということで、これがどこまであげて頂けるかわからないけど、私一人ではこういうことやっても門前払いでしたので、今日はできれば来てびっくりしたんですけど大勢来ていらしてましたので、向こうに必ず届くだろうなぁとおもいます。

届けば色々な資料を見ていただけるようになると思いますので今まで経済産業省の方も全然知らなかったと思うんですよ。あれは自殺ということで片付けられているんだと思うですよ。伝える時期が遅かったかもしれないですけど、これは皆さん知るべき内容だと思います。

―今まで門前払いだったんですか?
ここは来てなかったんですけども動燃は門前払い。それは動燃は理事長に絶対合わせないという方針が決まっていたんでしょうね。

葬式だけでね、おしまいにされたらかなわないなと思って。

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ちなみに西村さんの葬儀のお金も奥さんが支払っています。


喪服姿で要望書を手渡す西村さん。「もんじゅが廃炉になるまで喪が明けません…」
posted by iwajilow | 00:42 | もんじゅ裁判 | comments(0) | trackbacks(0) |
死ぬ間際に宿泊したホテルのナゾ〜もんじゅ西村裁判〜
ずっと気にしていた、もんじゅ西村裁判ですが、ここのところバタバタで前回、11月6日の公判は傍聴することができませんでした。

もんじゅ西村事件の概要
95年12月8日、動燃の高速増殖炉もんじゅ(福井県敦賀市)でナトリウム漏れ事故が起こりました。のちに動燃は事故のビデオを公表しましたが、20日になってこれが編集されたものと判明、されに22日になってそれ以前に撮影されたビデオを隠していたことも判明。
翌年の1月12日の記者会見で動燃本社はビデオ隠しに関与していたことを認めたものの不明な点が多く理事長の責任問題にまで発展しました。ところがその社内調査を担当していた西村茂生さんが翌朝宿泊先のホテル敷地内で倒れているのが発見され、自殺と発表されました。
しかし遺族はその発表に納得がいかず、現在動燃側を安全配慮義務違反で損害賠償請求の裁判を起こしました。地裁は遺族の訴えを却下、現在、高裁で控訴審が行われています。


前回までのブログを読んでいただくともっと流れがよくわかります。
[こちらへ]


実はその裁判でものすごいことが判明したということを聞いていました。

先日「西村さんを応援する会」があり、そこで裁判でどんな話が出たのか聞くことができました。

前回の裁判で明らかになったのは、なんと「西村さんに出張予定はなかった」ということでした。

つまり、これまでは西村さんは次の日の出張に備えて東京駅近くのホテルに宿泊し、そこで思い悩んで自殺したことになっています。

ところが、出張予定はなかった、ということなんですね。

ではなぜ、会社の上司にあたる理事と一緒にビジネスホテルに泊まったのでしょう?本当に泊ったのか?ということも含めて妄想が膨らみます。



さて、今回証人として出廷した方は当時科学技術庁から動燃に出向していて報道担当をしていた方だそうです。

西村さんの自殺の前日の会見ももちろんこの方の仕切りでした。
当時、動燃の記者会見はこの方が全部仕切っていました。
すべての会見がこの方の指示で行われていたのです。

ところが、この方の証言で翌日もんじゅのある敦賀では記者会見は設定されていなかった、ということがわかったのです。

実はこれ、過去の他の方の証言と照らし合わせても矛盾はないのです。

実はこれまで証言した理事長含め、幹部たちはみんな口をそろえて「出張があるということは知らなかった」と証言しているんですね。たった一人を除いてです。

では、「出張だった」と証言している人は誰かというと…

一緒にホテルにチェックインし、遺体の第1発見者となった大畑理事だけなんですね。

しかし、この宿泊に関してはたくさんの謎があります。

まず、誰も宿泊者カードなるもの(つまり宿泊したという明白な証拠)が出てきてない、もちろん警察も出していない→本当に泊ったのかどうかすらよくわからない。

自殺のきっかけとなったFAXを西村さんが自殺する2時間ほど前にホテルのフロントで受け取ったとされるが、その現物が行方不明。

午前6時に大畑理事がフロントで西村さんと待ち合わせていた。しかし西村さんが降りて来なかった。大畑理事がフロント言って、鍵を借りて西村さんの部屋に行ったところ、机の上に遺書とFAXがあり、8階の非常階段から外を見ると西村さんの遺体があった。

という遺体発見の流れなんですが、まず出張でもないのになぜ午前6時に待ち合わせたのか?
さらにフロントがなぜ部外者にマスターキーを渡したのか?

西村さんの家は23区内なので、別に宿泊する必要性はないんですよね。
ではなんで泊ったのか?
本当に泊ったのか?

謎が謎を呼びます。
posted by iwajilow | 22:36 | もんじゅ裁判 | comments(0) | trackbacks(0) |