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TVディレクターがメディアでは伝えられないニュースの裏側を日々レポート。
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娘からの招待状
JUGEMテーマ:日記・一般

先月末、妻と娘たちが家を出ていったのはご報告した通りなのですが
その娘たちと先日、久しぶりに会いました。

http://blog.iwajilow.com/?eid=1071671

楽しい時間を過ごしたのですが、7歳の長女(ハル)には
ちゃんと今のことを伝えておいた方がいいと考え、少し話しました。

「ハルちゃん、とうちゃんとかあちゃんは
もしかしたら『リコン』するかもしれないんだ」
「『リコン』って?」
「とうちゃんとかあちゃんが、もう家族ではなくなるってことだよ」
「結婚しなかったことにするの?」
「まぁ、そんなもんかな」
「ええ!?じゃあ、ハルたちも生まれてこなかったことになるの?」
そんなことないよ、君たちはここにこうして生きてるじゃないか―と言おうと
思って言葉を飲み込みました。

そんなの大人の理屈で、子どもたちにとってはそれくらいショックなことなんだと…。

その娘が、僕に招待状を送ってくれました。




「とうちゃんのためにごはんパーティーをやるから
ぜったいきてね!
とうちゃんのすきなものをよういしてまっているよ」
と書かれていました。

涙がどーっと溢れて、これを書いている今も止まりません。






 
posted by iwajilow | 11:39 | いわぢろうの恋愛話 | comments(7) | trackbacks(0) |
今日、妻が娘を連れて出ていきました
JUGEMテーマ:日記・一般

僕はこのブログにあまり家族のことを書いてきませんでした。
それは、いろいろなことをブログに書いている手前、家族に迷惑をかけてしまってはいけない、と思っていたからです。

僕には妻と7歳と2歳の二人の娘がいました。
さらに言えば妻は妊娠5か月でした。

そんな妻が娘を連れて、今日出ていきました。

すでに転校手続きも済ませているそうです。

なぜ、こうなったのか。
僕の見た風景と妻の見た風景は全くと言っていいほど違うので
ここでそれを論じようとは思いません。

ただ、確実に言えることは
僕が人の気持ちの機微を察してカタチにしていく仕事をしているのに
一番身近な家族に対してはそれが全くできていなかった、ということです。

そして今、思っていることは
たとえ会えなくても子供にとては誇れる父親でありたいということだけです。

もっともっと、頑張らないといけません。

ブログも頑張って続けていきます。

これからもどうぞよろしくお願いします。
 
posted by iwajilow | 23:54 | いわぢろうの恋愛話 | comments(7) | trackbacks(0) |
タイと永田町の恋愛事情
JUGEMテーマ:旅行

タイでは欧米人や日本人とタイ人女性のカップルをたくさん見かけます。
これが恋愛なのか疑似恋愛なのか商売なのか、僕には見分けるすべがありません。

ですが、自由恋愛にしろ、商売にしろ、策略にしろ、欧米人あるいは日本人の圧倒的な経済力を背景にしたものです。

欧米人や日本人は女性にとって一瞬にせよ、自分の持ってない掲載力で夢のような生活をさせてくれる王子様なのです。カッコよく見えるはずです。

僕は女性が男性に恋するにはこの「カッコよさ」というものは必要不可欠の条件だと思っています。
それは「ルックスの良さ」なのかもしれませんし、こうした「経済力」なのかもしれませんし、あるいは「仕事ができる」ということなのかもしれません。

よく「優しさ」とか言いますが、男は手に入れようとする女性に対しては必ず「優しい」態度をとりますので、こんなあてにならない言葉はないと思っています。

さて、タイの女性と欧米人や日本人のカップルを見ていて、こんなことを思い出しました。

一時期、僕の周りで民主党の新人女性議員と官僚の不倫や恋愛や結婚が話題になりました。
これは彼女たちが官僚に恋をしたということです。

彼女たちが官僚の何を見て、「カッコイイ」と感じたのか?

経済力はおそらく議員のほうがあるでしょう。ルックスの良さはもしかしたらあるかもしれない。ただルックスの良さは思い込みで何ともなるものです。たぶん「仕事のできる姿」をみてカッコイイと感じたのではないかと僕は予測しています。

官僚と議員は日常的に密接に関わっています。

「この資料用意してもらえますか?」という資料請求だけに及ばず、時には法案作成のアドバイスを受けたり、丸投げしたり、国会質問の原案を作ってもらったりもします。

官僚はそのネットワークを霞が関中に張り巡らせています。この場合はここ、この場合はここ、というネットワークが常に頭に入っています。さらにエリート官僚たるや、下級公務員に対する権力は絶大です。どんな若造でもベテランの下級公務員は逆らわず、王様のように扱います。そして、行政を動かすための法律の運用知識はやまほど持っています。

官僚たちはその圧倒的な情報力で政治家をコントロールしようとします。
特に政権運営する与党議員には取り入ります。

「こういった法案作りたいんだけど…」
圧倒的な知識と権限であっという間に法案を作ってしまうエリート官僚がカッコよく見えたのでしょうか。
永田町と霞が関の言語にやたら詳しいこと=頭がよく見えるのでしょうか。

 
本来であれば、官僚をコントロールするのが政治家の役割であるはずなのに、新人政治家と官僚では情報収集力がまったく違います。右も左も立案の方法すら知らない新人政治家。気持ちだけが上滑りしつつ、何もできない。根回しひとつできない。すると政治家が官僚を頼る、という現象が起こる。政治家は自前のスタッフを連れて自分の政策の実現を図るべきなのに、官僚を頼りきり、それが恋愛にまで発展して口説かれて寝てしまうのです。本来であれば緊張関係にあるはずなのに、それが文字通りズブズブになっていったのではないでしょうか。

どっちが主でどっちが従か。
この一件を見ただけでも明らかです。

民主党政権というものがなんであったか、
象徴していると思います。

ああ、気持ち悪い…。


タイの繁華街
posted by iwajilow | 18:05 | いわぢろうの恋愛話 | comments(0) | trackbacks(0) |
スピリチュアルに軽〜く100万円をつぎ込むまで 最終回
この年のクリスマスプレゼントを買って彼女と子供に送りました。すると2日後に彼女の母から小包が届きました。ちょっと期待しながら「なんだろう」と開けてみました。
そこには僕が贈ったプレゼントが封も切らずありました。

彼女の母から「今ここに住んでいないので、プレゼント渡せません」とだけ書かれたメモがありました。

「え、なんで?」
僕は連絡が取れなくなってから初めて彼女の家に行こうと思いました。そしてお母さんからで何があったのか聞きたい。
いてもたってもいられず、仕事を休んで彼女の家に向かいます。果たして、彼女はいました。車にはチャイルドシートが取り付けたありました。本当に生まれたんですね。そして元気に育っている。。。

思い切ってチャイムを鳴らします。けれども彼女は出てきません。このドアの向こうには娘もいるはずなのに…。
そのまましばらく待ちました。気が変わって出てきて欲しい。声だけでも聞きたい。けれども、待てど暮らせど誰も出てきてくれませんでした。

娘と彼女宛に手紙を書き玄関の下にいれ、送り返されたプレゼントを置いて帰ってきました。

けれども、年明けに手紙もプレゼントもそのまま送り返されてきました。
今度の差出人は彼女自身でした。メッセージは何もありませんでした。

しばらくして彼女から携帯にメールが来ました。
「今度家に来たら、警察に通報する」と書いてありました。
「娘の名前を気軽に呼ぶな」ともありました。
以来、僕は一切連絡を取っていません。

1回のセッションは90分で2万5千円。普通の精神状態なら「高いなー」って思うんですけど、僕はそのときはそう思いませでした。それどころか、それで助かるのなら、助けてくださいって気持ちでした。

自分が理解できない現実を突きつけられたときに、その現実のわけを精神世界求めたのかもしれないです。

でもセッションで言われたことは遠い話しではなく、現実的にそうかもしれないって思いました。

例えば、人は意識的であれ無意識的であれ常に選択肢があってその中から選んで生きている。今日は何を着てこうっていうのは意識的に選んでいる。会話の中で使う言葉はたいてい無意識的に選んでいる。右に行くか左に行くか、右足から出すか左足から出すか、無意識に選んでいる。

日常生活の9割は無意識的に選んでいる。じゃあ誰が選んでいるっていうと、無意識の自分、つまり潜在意識だと。

その選択の積み重ねが生活なので、潜在意識が、今の人生を選んできた。悲しい出来事も潜在意識が選んだのだと。

その潜在意識は過去の自分が無意識に、生きるってことはこうだと作り上げたことに基づいて判断しているのだと。

そういえば最初にあったときから「無理」ってなんとなく自分でも思っていたよなーとか、そういう潜在意識が働きかけて少しずつこっちに向かわせたんじゃないのとか、
そういえば昔から自分の一番欲しいものに手が届かなかったよなーとか、それはなぜなのって、このままではきっと自分は一生自分の欲しいものに手が届かないんじゃないかって思い出したのですね。

最初は退行するということに抵抗があったのかもしれません。ぜんぜん入っていけませんでした。3回のセッションはすぐに終わってしまいました。

でもまだ回復に程遠い僕はオプションで1回2万5千円ずつ払って通い続けました。
そして少しずつ思いだしてきました。

父親に小さいころから「人生は重きを背負いて長き道を行くが如し」とか「人生は辛い」って言い続けられたことを思い出しました。

呪文のように言われ続けたんですね。

さらにもっと小さいころになると、僕は両親の元にいなかったことを思い出しました。祖父母に育てられていた時期があったんですね。

そして、弟が病気がちだったせいもあり、一人で遊んでいたことを思い出しました。

このことは僕も覚えてなかったのですが、後日祖母の家に言ったときに、祖母が「あんたはかわいそうだった、いつも一人だったから」と同じことを言われびっくりしました。

父親や母親に気に入られようと、相手をしてもらおうと一生懸命になっていた小さいころ
でも、それがかなわなかった小さいころ。もしかしたら、そんな幼児体験を引きずって「願いは叶わない」ということが焼きついてしまっているのかもしれません。

そしてセッションに通いながらもっと確かな答えを見つけたいと、大崎のサイババの弟子だか、生まれ変わりだかいう外人のところへも行きました。これも2時間3万円くらいしましたが、これは型どおりのこと(あなた忙しいから彼女が逃げたのよ。戻ってくるから待ちなさい)を言われただけなので1回で通うのを止めました。

しかし、他に心理研究所というところでカウンセリングに通いました。ここも1回2万円〜3万円くらいはしたと思いますが、1ヶ月に1回は行きました。

ここでは「あなたはひどいことをされたのだから、普通にひどいことをされたと思っていいよ」と「いちいち怒っていいかどうか、了解もとめなくていいから」というようなことを言われ、どちらかといえば、ズタズタになってしまった精神状態の回復を助けてもらったという感じです。

そんな感じで結局1年くらいいろいろ通い、助けてもらいました。お金は軽〜く100万円は超えたと思います。

今でも、なんで彼女がいなくなったのか、当初求めていた明確な答えは手にしていません。でも、これでよかったと思っています。それはすがっていても絶対うまくいかなかったし、何より僕が僕でなくなってしまっただろうと思うからです。

そして、それが科学的であるかどうかはわからないけど、自分の過去を深く振り返ることが出来て、呪文を振り払わなきゃって思えたこと、そして、自分の周りの人たちにはいやな呪文を言わないようにしようって思えたことも、僕にとっては価値がありました。

人は幸せになるために生きている。そして自分が思ったとおりに、自分がなりたいようになっていくということは今でも信じています。

娘には今でもあったことがないのですが、いつか会ったときにかっこいいオヤジでいられればと思っています。

スピリチュアって全面的には信じられないけど、僕にとっては必要なものでした。高かったですけどね。今ならもうちょっとうまくお金使うだろうなー。
posted by iwajilow | 02:00 | いわぢろうの恋愛話 | comments(9) | trackbacks(0) |
スピリチュアルに軽〜く100万円をつぎ込むまで その2
あまり茶化せるネタでもないので
やや真剣に前回の続きです。

7月13日に赤ちゃんは生まれました。

実は僕はその前から、もう自分自身で色々なことを判断する力が
なくなっていました。

自分の子どもを産む人と結婚できない、というのが
僕の理解の範疇を超えていたからなのだと思います。

何の障害があるの?何の不都合があるの?
僕のことを好きなのでなければどうして子供を生むの?
わからないことだらけでした。

その年の1月ごろから僕は「自由が丘の魔女」の元に通いだしていました。
1回30分5000円です。

1週間に1回はいっていました。そして何かするとき、何か思ったときは
彼女に相談していました。
恥ずかしいけど、自分ではどうしたら良いかまったくわかってなかったのです。

彼女は「絶対切らない。そうすれば一緒に暮らせるようになる」と
言っていました。

が、一時的に関係がよくなったものの、やはり元のようには戻りませんでした。
そこで僕は何をしたかというと、もう一人別の占い師のもとに通いだしました。東急ハンズの地下1階の「占いの館」です。

「時間はかかるかもしれないけど、彼女のお母さんを通じて子どもに会えるようになるから、諦めないで」と言われました。

信じました。

でも、自分は日々を過ごすのが苦痛でした。今振り返っても良く仕事していたなーと思います。
電車に乗ることが出来ませんでした。じっとしていられないからです。会社まで1時間30分かけて歩いてました。

何度も死ぬことを考えました。自殺するくらいなら何でも出来るじゃんとそれまでは思っていました。でも自殺しようとする人は、今生きているのが辛い。こんなに辛い思いをして生きているくらいなら死んだ方がまし、と考えていることがわかりました。

その当時の日記が今も残っています。

8月27日
僕がダメ人間だからたくさんのバツを受けているのかな。いつまで苦しめば解決するのだろう…。

8月28日
ほんとに5分おきに考えてしまう。考えちゃいけないと思いながら考えてしまう。

8月29日
毎日少しも気持ちは変わっていない気がする。ただ悲しくて、切なくて…。

8月30日
あるがままを受け入れること、人をコントロールしようとしないこと、幻の未来にとらわれないこと、今を感じること、きっといつかは幸せになれると思わないこと、今が幸せだと感じること。

9月1日
自分のために生きよう。ずーっと、ずーっと苦しかった。もう自分を責めるのはやめようよ。



アホですが、毎日苦しみから逃れるために一生懸命でした。

そんな僕を見かねて、友人の女子アナの子が、退行催眠を紹介してくれました。

退行催眠っていうのは、自分の封印している過去を認識することで、なぜ現在が作られているのかを解き明かしていくというものだそうです。

過去を知れば、今が解決できるのかもしれない。
1回2万5千円。僕は3回7万5千円のセッションを申し込みました。

(その3に続く)


posted by iwajilow | 01:57 | いわぢろうの恋愛話 | comments(2) | trackbacks(0) |
スピリチュアルに軽〜く100万円をつぎ込むまで その1
「オーラの泉」の視聴率があの時間で15%近いなんて、
一時期のロンドンブーツの「ガサ入れ」みたいです。

スピリチュアルって今、ものすごくきているんですね。

で、かくいう僕も今から3〜4年前スピリチュアル的なものにものすごく
嵌っていました。

占い、退行催眠、ヒーリング、心理療法など毎月10万円くらいは使っていました。でも、あの当時は「スピリチュアルに頼らなければ生きていけない」って思っていたのですね。

そのくらい大変だったのです。
で、どのくらい大変で、それが果たして今の自分に役に立っているのかどうか、ここら辺で一回振り返ってみようと思いました。

長くなりそうなので、数回に分けて書きますが、身内から「2002年不幸大賞」をいただいたほどの不幸物語です。

10年に1回の不幸だとは思わないけど、1年に1回とか体験したくない種類のものでした。不幸っていうより、気持ちは辛かったです。


ではでは、なんで僕がスピリチュアルにハマっていったかというと…

2001年11月、その当時付き合っていた彼女の妊娠が発覚しました。
僕はとても好きだったのですぐ「結婚しよう」ということになりました。

彼女がお腹が大きくなる前にウエディングドレスを着たいということだったので、すぐに友人が働いているホテルに連絡をし結婚式の予約をしました。

式は2月3日に決まりました。
彼女のお母さんに挨拶にいき、ウチにもやってきました。
12月には招待状もだし、万事順調に進んでいたかのように思いました。

ところが…

12月の半ばくらいから雲行きが怪しくなってきました。

彼女が「結婚式の延期」を言い出しまてきました。
「いつまで?」と聞くと
「無期限」と言われました。
理由を聞いてもよくわかりませんでした。
「名前が変わると運命が変わる」とか
「私がこの家を守らなければならない」とか
いっておりました。

僕は「あなたが名前を変える必要はないよ」とか
「僕が、あなたの実家に住んでもいい」とか言っていたのですが
何も聞き入られませんでした。

そして翌年1月5日。
最後の話し合いでした。
彼女はこんな条件を出してきました。

結婚式はしてもいい
ただし、子供は産む、一緒にはすまない、婚姻届は出さない。

僕は「?」でした。
それは結婚といえるの?というかなんなの?

僕が形にこだわっていたのかもしれないのですが、
全く理解できませんでした。

いいたいことは山ほどあったのですが、
僕は「分かりました、やめましょう」と。。。

結婚式はすべてキャンセルしました。
招待していた人たちにキャンセルを知らせるのも
辛かったですが、やりました。


今もいわぢろう家に残る当時の招待状


しばらくは彼女とも連絡が途絶えました。
1ヵ月後くらいに彼女から電話がかかってきました。

3月頃から2週間に1回くらいずつ、会うようになりました。
なんかぎこちなかったけれども、もしかしたら
やり直せるのかもって思いだしました。

彼女の家にも再び行くようになりました。
お母さんを交えて料理をしたり、バーベキューをしたり
買い物したり…。
苦しいけど、楽しい日が続きました。

けれども、妊娠9ヶ月を迎えた5月末から
連絡が取れなくなりました。

そして6月末に「こうすることに決めました」という
メールが来ました。

「こうすること」って何?
彼女の携帯に連絡してもすでに着信拒否になっています。

そして7月、九州に出張しているときに
彼女のお母さんから「無事生まれました」
という連絡がきました。
バカな話ですが僕は言うべき言葉を考えてしまいました。
「おめでとう」なの?「ありがとう」なの?

結局「おめでとうございます」っていってしまいました。
「よろしくお願いします」だったのかもしれない。。。

何かしてあげたいと、
自分の娘に着せたい服を百貨店に買いに行きました。

ベビー用品売り場を歩いているだけで自然に涙が出てきました。

店員さんが笑顔で話しかけてくれます。
「お友達のお子さんへのお祝いですか?」
「ええ、まぁ…」

曖昧にしか返事が出来ない自分が情けないです。
でも、こんな服を着せてあげたい、こんなおもちゃであやしてあげたい。

とりとめもない思いが浮かんできます。

たくさん、たくさん服を買いました。
そして送ってもらいました。

そんな生活のなかで、僕は本当に一人で生きていくことが
辛くなってきました。

そして僕はスピリチュアル的なものに傾倒していくのですが、
その中で、ホントか嘘か色々なことが分かってきました。

以下次号へ…



posted by iwajilow | 15:40 | いわぢろうの恋愛話 | comments(4) | trackbacks(0) |
なんで不倫をするのか?って…
またまた前回からの続きですが…。

以前付き合っていた女の子は知り合った当時、不倫をしていました。

彼女は40代の男と付き合っていたのですが、そのときに思ったのは
「かなわねーよ」ということでした。

僕なんかより、全然物を知っているし、店を知っているし、女の子の扱いを知っているし…。20代の僕はまともに勝負しても、無理だよなーって思ってました。

僕の存在を知った男は「若いヤツと仲イイらしいじゃん、うらやましい」って彼女に言ったそうです。余裕かまされてしまいました。

結構いいなと思った女の子が結婚していたこともあります。

でも何度か遊んでもらいました。

ちょっと嫌な気持ちもありましたが、当時は彼女もいたので便利な存在でした。彼女に飽きたときに会えるって感じでした。迫られる恐怖もないし、本気でなければ楽でした。

「本気だよ」なんて言ったって、何を持って本気っていうんだよって。。

そんなことを考えると、不倫の恋って恋じゃないって感じます。

今、周りには少しだけ不倫をしていると思われる友達がいます。不倫をしているって思われるっていうのは、男はそんなことにちっとも悩んでいないっていうことです。ホントに便利な存在って思っています。

大抵、「妻とうまくいってなくて」とか「家庭内別居状態」とか言うみたいですがあり得ないですね。

面白いことにそういうことをいうと、不倫をしている女の子は「彼だけは違う」って言うんですよ。違わないから…。

以前、ミュージシャンの友達が面白いことを言っていました。「グルーピーの女の子はみんな『自分だけは特別で、ほかのグルーピーと違う』って思っているんだよ、変わらないのにね。だから特別って思わせてあげることが大事なんだよ」

変わんないんです。特別でもなんでもないんですね。でも特別って信じたい
んですね。

それでも「不倫」が多いのは「不倫」がなんだか市民権を得ているような気がするのですね。それは「私は悲しみのヒロイン」みたいに自分に酔える立場を確保できるんですね。そういうドラマも多いし、小説も多い。

最近思うのは、そうやって市民権を得ることで得しているのは誰かってことなんですね。それは若いやつが少なくなって、恋愛関連産業の市場のパイが小さくなって、不倫にまで手を伸ばしてきたのではということなんですね。

赤坂にある某ホテルは宿泊客の90%が不倫だといいます。だからロビーの撮影は一切させてもらえない。

ということを始め、バブルが弾けて社用族のいなくなった高級レストラン、バー、旅行関連事業、宝飾業界、贅沢をさせてあげることが男のステイタスならば無理してでも金作るんだろうなって思います。

今までタブーだったものがメジャーになっていくときって絶対なんかウラがあるって思ってしまうんですね。

恋をしなきゃ人にあらずみたいな空気もあるし(デート産業ってものすごく利益率いいと思いますよ。だってデートし始めの男は値切らないもの)。

不倫に市民権を持たせたのは広告代理店の作戦?なんて思ってしまいます。
なんたってあの渡辺淳一氏の不倫小説が日経新聞に連載されているって象徴的だと思いませんか?

乗せられないほうがいいと思いますよ。。。
posted by iwajilow | 00:29 | いわぢろうの恋愛話 | comments(4) | trackbacks(1) |
タレントさんを彼女にするということ
昨日書いたブログの続きで恐縮なんですけど…。

「男は女の子の持っているコンプレックスなんて気にしないよー」
っていうお前は本当はどうなんだよーって振り返ってみました。

確かにかつては見てくれがイイにこしたことはないと思っていた時期もありました。
その流れだと思うのですが、仕事柄タレントさんとの出会いもあるので、タレントさんと付き合ってしまったりしたこともあります。

テレビに出ている人なのでやっぱりキレイなんですね。
で、彼女が出ているテレビを見たりすると、けっこうワクワクしちゃったりもするのですよ。「俺は、この子のテレビ以外の顔も知ってるんだぜー」
なって思ったりしてね。

でもね、そのときに僕は彼女のことを好きだったのかとというと
どうなんだろう?って思ってしまうのですよ。

テレビに出ている人って一定以上のキレイさを持っているので、
実は誰でも良かったのではないか?とか考えてしまうのですね。

確かにいい子だったりするのですが、お前はどこに惚れておるんじゃ?って
自問自答すると、自信がなくなっちゃたりしてね。

それで、ケンカすると、ま、いいかーとか思ってそのまま別れてしまうのです。向こうも、もてるからすぐ彼氏が出来たりしてね、すると俺はなんだったんだ?とか思ってしまうのですよ。

そんなバカなことを繰り返していて分かったことは、自分と価値観が同じ人が一番だなーっていうことだったんですね。

タレントさんと一般人は合わないとかそういうことではないんです。もちろんタレントさんでも価値観が合う人っているんですけど、価値観ってルックスとはほぼ関係ないってことなんですだね。

僕が付き合った女の子とは価値観がやっぱりずれていた。

ずれていたのに、見ないふりしていた。

でも結局、失敗を繰り返してわかったのは同じように悩んで、同じように笑って、っていうことが一番大切でルックスって2の次、3の次なんですね。

一瞬遊ぶ分には見てくれだったりって重要だけど、一緒にいて楽しい人が一番っていう正直な気持ちを大切に出来るようになって楽になった。

(だから弄ばれたい人や、チヤホヤされたい人は内面よりも外面を気にした方がいいと思いますが…)

ここ数年はもう、美人であろうがなかろうが、金持ちであろうがなかろうが、純粋に好きな人と(男も女も含めて)一緒にいたいって思っておりますだ。

そんなわけで、恋愛にも友情にもほぼ容姿も職業も年齢も関係ないです。月並みだけど人間としていかに魅力があるかっていうのが一番です。

でも、かつてはミーハー心あったなー、正直な話。自分がないと、分かりやすい外見や経歴なんかのブランドに惹かれちゃうのかもしれないですね。虎の威を借りるってやつですね。

美人だったり、偉い人と付き合っているとそれだけで自分が偉くなったような気になっちゃたりしてね。

お前はどーなんだよーって突っ込まれるよね。

それでありがたがっているもんだから、その人が笑うと「笑っていいんだな」と思って笑って、その人が「美味しい」っていうと「美味しいんだな」って思っていいんだなっていう感じ安心したりする。気を遣いすぎるあまり自分がなくなっちゃう。窮屈で仕方ないのだけど、失いたくないとか、嫌われたくないってことで一生懸命になっちゃう。

そんな無理したって気持ちよくない。

自分が自分でいられるのが一番です。


そういえば昔、とあるタレントさんと仕事していて、その人がアシスタントの女の子を一生懸命ロケバスの中で口説いていたんですよ。(ロケバスで口説くなっちゅーの)

その口説き方が「俺の携帯のメモリー見せてあげようかー」なんて携帯に色々な有名人が入ってることを一生懸命見せびらかせていました。
俺と付き合うとこんな有名人とお近づきになれるでーってことなんでしょうか?

自分がないっていうのはこういうことですね。。




posted by iwajilow | 01:12 | いわぢろうの恋愛話 | comments(5) | trackbacks(0) |
NOと言えないオンナたち
昨日は「コンプレックスを持つ女の子たちの座談会」というものに行ってきました。

20代から30代の女性が集まって、自分たちの恋愛の方向性というか、クセというか、恋愛体験を語り合って、より良い恋愛をしようというものなのだけど…。

みなさん、足が太いとか、太っているとか色々いうのだけど、正直、そうかぁ?という感じでした。

でも、人より、というよりタレントさんより太かったりするとそれだけでコンプレックスになるそうで、オンナの人ってそんなもんなんですか?

野郎は、(というか僕はですが)全然ナリなんて気にしないけどなぁ。

で、自分に彼氏がいないとか、いい恋愛ができないというのは、きっとこのルックスのせいだと思ってしまっているそうです。

確かに、合コンとかでは見た目がいい方に興味がいくけど、所詮第1印象だけで中身がないと僕は腹立ってきますけど…。

で、そういった女の子たちはたとえダメ男に声をかけられても「こんな私に声をかけてくれるなんてありがたやー」と思ってついていってしまうそうです。

で、迫られても「ここで断ったら嫌われてしまう」と思って気持ちが乗らなくても、応じてしまうそうです。

さらに付き合った男がとんでもない男とわかったところで「これを逃したら一生彼氏が出来ない」と思ってずるずる付き合ってしまうそうです。

で、どんなに意地悪をされても「前に比べたら良くなって来ているから」とダメダメ彼氏をかばってしまうそうです。
(最悪のパターンと言われてました)

さらに自分が本命じゃないとわかっても、「こんな自分が本命にされるわけがないから、セカンドでも、サードでもレギュラーであれば満足しなきゃ」と思ってしまうそうです。

ある女の子は、ドライブとか行くと、せっかく車乗せてもらったのだから、何もしないで帰るなんて悪くてできないって言ってました。

おいおい、そんなんでいいのか?

断られまくりの僕としては信じ難い話だったのですが、こういう女の子はたくさんいるそうです。

カウンセラーの人によると、そういった女の子は「恋愛していないとダメ人間」と思いこんでしまっているそうです。だからコンプレックスに対して敏感になってしまう。

で、コンプレックスを抱え、負い目を持ちながらの恋愛になってしまう。すると対等な人間関係を築くことが出来ず、相手に物が言えない。結局「ダメな彼氏に尽くしている可哀相な自分が好き」という変な形の恋愛もどきにはまってしまい、いつまでたってもそのパターンから抜けられないのでは?ということでした。

オンナの子達って本当に恋愛に一生懸命なんだなーって思ったのですが、正直、野郎同士で女の子の話なんて全然しません。

10年くらい付き合っている友達でも彼女がいるのかどうかなんて全く知らないことが多いです。

飲んでたって、女の子の話なんてしない僕にはものすごく不思議な体験でした。

だから、女の子が気にしている体系の些細なことなんて、男はきっと全く気にしません。

でも、そのコンプレックスを逆手にとって、雑誌やらエステやら美容整形とかは商売しているんでしょうね…。

気にしすぎない方がいいと思いますだよ。






posted by iwajilow | 23:19 | いわぢろうの恋愛話 | comments(2) | trackbacks(0) |