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TVディレクターがメディアでは伝えられないニュースの裏側を日々レポート。
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山本太郎氏の手紙
JUGEMテーマ:日記・一般

山本太郎氏の手紙の中身は
「原発労働者が一番頑張っているのに
一番悲惨な思いをしている。気にとめてほしい」
というような内容だったそうです。

彼は当日の午前3時頃までかかって
手書きで書きあげたと近しい方から聞きました。

現状を直訴するというのも
時代がかっていると思いますが
それを「失礼だ」と糾弾する方も時代がかっているような気がします。

「不敬罪」の復活でしょうか。。
posted by iwajilow | 11:33 | 原発は怖いよー | comments(5) | trackbacks(0) |
原発輸出のその先にあるもの
JUGEMテーマ:日記・一般

先日、原子力の専門家と話をしていた時に
「なぜ原発を途上国に輸出しようとしているのか」ということが話題になりました。

フクシマ原発事故が起きた後
なぜか日本の原発技術は世界最高水準にあると宣伝されました。

ちょっと待ってくれ。
日本が原発の先進国?

フランスやアメリカの方が格段に進んでいるんじゃないのか?

しかし「世界最高水準」という心地よい言葉に酔いしれて
日本の原発技術は世界最高かもしれないという幻想に浸ってしまいました。
そしてその「世界最高水準」の原発を輸出しようと。。。

その一方で何千人もの原発労働者がフクシマに投入され
毎日、かなりの被曝をしながら原発事故の処理にあたっています。
けれども現実は原発事故の処理は遅々として進んでいません。
このままではこの先何十年と続く事故処理をする労働者が足りなくなるのではないか?
その時の解決策はあるのか?誰が現場で被ばくしながら事故処理にあたるのか?

そしてこれは想像でしかないのですが
その労働者不足の解決策としての原発輸出なのではないか
とも考えられるのです。

原発を途上国に輸出することで
「研修生」として途上国の労働者を受け入れる。

その研修生にどんな研修をさせるのか?

研修生ですから2年とかの期限付きで
どんどん人は入れ替わります。

そして「研修生」が帰った後のことはその国の話しになります。

もちろん「研修生」受け入れがメインではないでしょうが
そういった側面もあるのではないかと思います。

日本は原発技術とともに
とてつもなく恐ろしいものを輸出しようとしているのではないでしょうか?


 
posted by iwajilow | 10:58 | 原発は怖いよー | comments(0) | trackbacks(0) |
星に願いを
JUGEMテーマ:日記・一般

今日、全国からお母さんたちが脱原発のメッセージを伝えるために首相官邸前に詰め掛けました。

短冊にはたくさんの願いが綴られていました。






 






















posted by iwajilow | 15:15 | 原発は怖いよー | comments(0) | trackbacks(0) |
それでもやはり「脱原発」
JUGEMテーマ:日記・一般

昨日、新宿で脱原発を掲げる路上ライブがありました。
参院選も近いということで政治色の濃いライブでしたが、それでもやはり僕は脱原発を支持します。

原発事故によって失われたものはあまりにも多すぎます。

直接、家や土地を失った人たち、
将来への夢を失った人たち、
健康への不安…。

さらに分断された家族の絆に補償金をめぐる地域の分断。

そして僕も取材をしていて「脱原発」を掲げる人たちの中でも
お金をめぐって疑心暗鬼が生まれてきているように感じます。

この人を信用していいのか、
利用されているだけなのではないのか。

何一つ解決されないまま
置いてきぼりにされる被害者たち。

焼け太りする役人や企業。

原発事故により新たな絆も生まれたかもしれません。
でもそれよりも荒廃してしまった心のほうが大きいように感じます。

もう、いいよ。平和に暮らしたい、とただ僕はそう願います。



昨日午後、新宿駅東口
 
posted by iwajilow | 11:51 | 原発は怖いよー | comments(0) | trackbacks(0) |
みんな疲弊している
JUGEMテーマ:日記・一般

今回、福島で感じたのは会う人、会う人
疲弊しているということでした。

一向に具体化されない子供支援法に
復興庁の幹部の暴言ツイッター、高市発言…。

こういったものがどれだけ福島の人を傷つけているか、元気を奪っているか。

「もう放射能のことが心配だっていうだけで、『サヨク』って呼ばれるですよ」

復興、復興の大合唱の中、それに水を差すようなことを言うと
白い目で見られるそうです。

「そんな外の埃の舞う中で運動とかやらせていいの?」
と子供のことを心配すると「またそんなこと言って」と言われるそうです。

「だんだん、毎日緊張して過ごすことにも疲れてきてしまったんです。だから出来るだけ危険だという話は聞きたくない。安全だという話を信じたいんです」

安全を疑う家庭と安全を信じたい家庭。
安全を疑う息子夫婦と安全を信じたいおじいちゃん、おばあちゃん。
安全を疑うお母さんと安全を信じたいお父さん。

「今、地域で家庭で分断が起こっています」

福島で暮らす人たちに「安心」はまだないのだと思いました。



 
posted by iwajilow | 09:16 | 原発は怖いよー | comments(0) | trackbacks(0) |
ニュースの消費期限
福島に向かっています。

昨日、会津の方から、例の暴言ツィートに関連して子ども支援法はどうなっているのか、福島の復興庁に問いただしに行くとの連絡を受けましたが、残念ながらその取材ではありません。

あのツィートが発覚してから、まだ1週間ですが、すでに昔の出来事のようになってしまいました。

その間に何があったのか?高市政調会長の「死者はいない」発言、規制委員会の新基準、大雨…。

どれも重要なことだけど、あまりにニュースの消費期限が早いように感じてます。

それでも、忘れてはいけないことがあると僕は思っています。

そんなわけで、独りでの動きではあるけれど、福島に通い続けます。

posted by iwajilow | 12:13 | 原発は怖いよー | comments(0) | trackbacks(0) |
私たちの叫びに耳を傾けてください…自主避難者訴訟
JUGEMテーマ:日記・一般

今年3月11日、福島の避難者の方々が国と東京電力を相手取って損害賠償請求訴訟を起こした訴訟の
第1回口頭弁論が今日。東京地裁で開かれました。

いわき市から自主避難している元高専の教授が意見陳述を行いました。


「私は原発事故当時、妻と8歳と3歳の息子といわき市に住んでいました・原発事故がおき、気炎を感じ一家で東京に避難しました。息子たちには3つしかおもちゃを持たせてやれず、今まで2年3ヶ月の避難生活が続いています。しかし事故から1年後、当時20マイクロシーベルト/hあった場所があったことも明らかになりました。数万ベクレル/屬鯆兇┐訶擇両紊濃匐,燭舛泥だらけになって遊ぶなどありえない状態です」

彼は2011年4月に職場が再開されると、一人でいわきに戻り単身赴任の生活をしていたといいます。
子供たちとはなれて暮らす生活が始まりました。週末になると車を走らせて、子供たちに会いに行っていました。

しかし疲れからか事故を起こしたこともあるそうです。

「首都高で路面のオイルに気がつかず、横転しました。幸い命に別状はありませんでしたが、乗っていた軽自動車は廃車になりました。24年前に免許を取って以来初めて事故を起こしました。同じ状況で妻の友人が他界したことを聞くととても他人事とは思えません。

息子たちは決して涙を見せませんでした。8歳の長男は『帰りたい』とぐずる弟の口をふさいで涙をためていました。弟は布団にもぐり声を殺してなき続けていました」

そして彼は体調を崩し、家族と離れ離れに暮らすゆがみに耐え切れなくなって、定年まで勤めようと思っていた職場を昨年秋、退職したそうです。

「私たちの住んでいたところははるには山菜がとれ、秋には岩魚が釣れ、秋にはきのこをとって食べていました。仕事帰りにアイナメをつり、それが食卓を飾るような毎日でした。その豊かな自然が放射能汚染によってすべて奪われてしまいました」

そして最後にこう結びました。

「このような苦しみの中にいる私たちの叫びに耳を傾けてください」

被告席には国や東京電力の代理人の方々が座っていましたが、ざっと20人いました。この人たちのギャラって税金だったり、電気料金だったりするわけですよね…。
posted by iwajilow | 11:40 | 原発は怖いよー | comments(0) | trackbacks(0) |
福島に来ています
JUGEMテーマ:日記・一般

福島に来ています。

何事もなかったかのように普通に生活が営まれていますが
漠とした不安を抱えて生活されている方もいます。

あれからもう2年以上経つのに
それ以前の気持ちにはなかなかなれないなぁ。。

そんなことを思いながらラーメンを食べていました。

ラーメン屋さんは夜中までやっているのに…。



しょうゆラーメン 690円



福島市置賜町4−26
18時30分から27時

posted by iwajilow | 07:47 | 原発は怖いよー | comments(2) | trackbacks(0) |
東京電力の「真摯」な対応…株主代表訴訟
JUGEMテーマ:日記・一般


昨日、東京地裁で原発事故の東京電力の責任を追及する株主代表訴訟の第7回口頭弁論が開かれました。

この日は、原告側が「原発事故は対策をちゃんと取っていれば回避できたでしょ」という意見陳述が行われました。

僕がメモした要旨を報告します。


「福島第一原発における外部電源は,東京電力3系統6回線と,東北電力1回線の合計7回線がつなげられていたが本件苛酷事故の際にはその全てが一度の地震で破壊されてしまったのである。
福島第一原発では想定されているSsと同程度の揺れであったにもかかわらず、送電線と鉄塔が倒れ電源を喪失した。
これは外部電源の耐震性が極めて脆弱であることの端的な表れである。
東京電力3系統6回線は,全て新福島変電所を経由していた。
そのため,新福島変電所が損傷を受けると自動的に全系統に影響が出る構造になっていた。これは危険分散の思想に反するシステムであるため,被告らは,3系統6回線の経由変電所を分散し,かつ各々の耐震性の強化をすべきであった。
過失は明らかである。

地震発生当時,これら外部電源系統の耐震基準はC クラスの設備で構成されていた。原発の重要施設はS クラスであるのに対し,C クラスの設備は一般耐震基準と同等程度である。しかし,そうであっても,C クラスの耐震基準については,「上位の分類に属するものは,下位の分類に属するものの破損によって波及的破損が生じないこと。」とする規定されている。

これに照らせば,例えば送電系統設備であるC クラス設備が地震によって損傷した場合,その損傷がS クラス設備である原子炉冷却系統の機能に影響を与える可能性がある場合は,当該送電施設はS クラス相当の設計を行うことを要求していることは明らかである。
同じ東電の福島第二原発においては,2系統4回線のうち3回線までが遮断された。しかし,福島第二原発では,残った外部電源の1 回線をフル稼働することにより炉心損傷を阻止することができ,最悪の事態を回避することができたのであって,このことからも外部電源確保の有無が損害の有無ないし程度を決定的に左右することがわかる。

送受電設備の切替設備を設置するだけで利用できる別の2 回線の系統が福島第一原発には存在していた。被告らは,当然に切替設備の設置をしておくべきであったし,それは容易に可能であった。また電源車の配備や空冷式ガスタービン発電機車を高台に配備することもできた。
しかし被告らは全くこういったことをしなかった。それをしなかった被告らには取締役として果たすべき善管注意義務違反がある。

仮に外部電源を喪失しても,津波による浸水を防ぎ非常用ディーゼル発電機及び重要機器を守る対策を行い,全電源が喪失することを防ぐことができてさえいれば,本件苛酷事故を防止することはできた。
津波、地震の被害を未然に防止する対策として非常用ディーゼル発電機が動くはずだった。
これを高所に設置すべきだった。

非常用ディーゼル発電機保安規定によると,原子炉ごとに2台以上設置することとなっているが,福島第一原発では,それがタービン建屋地下という同一の場所に,かつ,同一の構造で設置されていた。

このタービン建屋の地下にまとめてあったというのが致命傷だった。
これでは偶発的な機械の故障や操作ミスの対策にはなるが地震や津波のような
共通要因による故障対策にはならない。
これは浜岡原発訴訟でも2005年9月に
「故障が2台の共通の発電機に起こる可能性がある。1Fに設置されているので津波などによる故障の可能性がある」と指摘されている。

海外でも地震や津波による電源喪失事故が起きている。
1999年、フランスの原発では洪水により電源喪失事故が起きた。
台湾でも全電源喪失事故が起き、インドではスマトラ沖地震で海水ポンプが浸水する事故が起きた。


東京電力はなぜ対策を取らなかったのか?以下のような理由から対策を怠ったと考えられる。
『追加対策によってコスト負担が増加すること』
『設計基準を超えた状態が発生する可能性があることを認めることにより, 設置許可の取り消しや長期運転停止につながることを恐れたこと』
『対策を実施することが新たな仕事を増やすこと』


さらに,原子力発電所が複数ある場合は,それぞれ電源を融通できるように連系が行われている。福島第一原発でも号機間の連系は一部行われており,1〜4号機については1回線でも機能したならば4基とも受電できる構造にはなっていた。

しかし, 1号機〜4 号機と5 号機〜6号機の間では,連系線建設は検討されていたものの, 本件地震以前に実施されることはなかった。仮にそれが実現されていれば,唯一津波被水後も稼働した6 号機非常用ディーゼル発電機から電気を供給することができた可能性が高い。
福島第一原発では1号機から4号機のグループと5号機、6号機のグループは電源が連系されていなかった。5号機、6号機のグループにはエクストラ電源があり、これが動いたので事故を免れた。この1〜4号機と5,6号機のグループが鉄塔や地下ケーブルなどでつながっていたら電源が供給されることができた可能性が高い。
東京電力は連系線建設は検討していたものの, 本件地震以前に実施されることはなかった。
このような設備を構築することが可能であり,実際東京電力は事故後の4月25日に5,6号基から1〜4号基にケーブルを敷設している。
構内の内部電源の受電設備も,耐震性や耐波性を軽視していたため重大な損傷を受けた。例えば外部電源受電設備(高圧開閉所)は地震により壊滅的な被害を受け,
その後の津波の浸水により受電設備や外部電力及び内部電力を通す金属閉鎖配電盤も被水した。
被告らは,構内電源設備を分散させ,かつ,各々の耐震性及び耐波性の強化(防水強化,高所への移動など)をすべきであった。

設置されていたバッテリーのかなりが津波により被水し失われた。,たとえ個々に多重化してあっても,設置場所がやはりタービン建屋地階と,常用母線などの配電設備と同じような場所にあることで、常用電源配電盤,非常用電源盤にバッテリーが共倒れになることは,以前から明らかであった。
交流電源が駄目になっても直流電源があれば計測器などは使えた。
しかし東京電力はバッテリーの高所移設を怠っていた。


構内の電源や安全装置を守るべき防潮堤、防波壁などを作ることが重要であった。

東京電力は15.7メートルの津波来週の危険性がわかっていたのだから防潮堤を建設すべきであった。実際に研究検討したにもかかわらず何の科学的根拠もなく『そのような津波は来ないだろう』ということにして,『さらに研究調査する』という弁解のもと,問題を意図的に先送りした。この過誤は極めて重大であり,その経緯を厳正に追及すべきである。なぜならば,福島原発事故後ではあるが,東海地震による津波の危険性を指摘された浜岡原発では僅か約1 年で長大かつ高い防波壁を築造できたからである。
東京電力は重要設備が設置されている建屋だけでも水密化すべきだったがしていなかった。
電源盤等が設置されているタービン建屋だけでも水密化していれば全電源喪失は防げたはずである。

仮に対策がいずれも不十分であり,すべての電源を喪失した場合であっても,せめて次に述べる対策がなされていれば,原子炉の冷却を続けることができ,本件苛酷事故の発生は避けられた可能性がある。また,仮に本件苛酷事故の「回避」まではできなかったとしても,少なくともその影響がかなりの割合で軽減されたことは明らかである。

本来の緊急冷却装置が機能しなかったため代替として消防車による注水が行われた。
事前の想定にはなくいわば場当たり的な対応だった。予め水源を用意して原子炉を減圧しなければ消防車による注水はできない。
原子炉を減圧する主蒸気逃がし安全弁を開けるために職員の車のバッテリーを集めて弁を開けた。バッテリーを安全なところに置いておけばこんなことをしなくて済んだ。

またメルトダウン後の水素爆発回避をあらかじめしておくべきだった。

ブローアウトパネルが手動で開閉できるようになっていれば水素を放出することができた。
しかし刈羽柏崎地震の時に刈羽柏崎原発のブローアウトパネルが地震の揺れによって壊れてしまったので、東京電力は簡単に開かないように留めてしまった。

さらにベント管の先にフィルターを付けておくべきだった。フィルターがあれば放出される放射能の量が1000分の1に減らせるといわれている。ベントが遅れたのは大熊町の人々が完全に対比するのを待っていたと東京電力は説明するがフィルターがあれば、もっと早くベントできたのではないか。

こういった事故の責任について、東京電力自身が結果回避可能性を認めている。3月に発表した原子力改革当別タスクフォース 最終報告書で東京電力自身が『深く反省します』と述べている。そこにはこう書いてある。

『設計段階から外的事象(地震と津波)を起因とする共通原因故障への配慮が足りず、全電源喪失という過酷な状況を招いたことが原因です』
『海外の安全性強化策や運転経験の情報を収集・分析して活用したり、新たな技術的な知見を踏まえたりする等の継続的なリスク低減の努力が足りず、過酷事故への備えが設備面でも人的な面でも不十分でした』
にもかかわらず、裁判では責任を認めていない。被告らの責任は明白である」

報告書では「反省する」と言いながら
するってえとこの報告書は、批判を回避するためだけのものでやはり口だけ星人なのかと思ってしまいます。

重要な指摘がなされた意見陳述でしたがこの間、東京電力側の方の中にはよくお眠りになられた方もいたようです。これが東京電力のいう真摯な対応です。


詳しくはこちらへ

http://tepcodaihyososho.blog.fc2.com/



 
posted by iwajilow | 11:12 | 原発は怖いよー | comments(0) | trackbacks(0) |
原発のゴミと大きな借金で未来の日本が苦しむことのないように…
JUGEMテーマ:日記・一般

日曜日に行われた芝公園での「さようなら原発集会」。
その中で福島の農家の方のスピーチを紹介します。

「みなさんこんにちは。脱原発の思いを胸にこの会場にお集まりいただいたみなさんに心より御礼を申し上げます。そして私の尊敬する大江健三郎さん、落合恵子さんと同じ舞台で私が脱原発の思いを申し上げることを私は一生の宝と思いました。本当にありがとうございます。
私は福島第一原発から25ロくらいのところに住んでいました。今は校5年生の私たち夫婦の3人で田村市内の西側に住んでいます。全国の皆さん、そして皆さんからご支援いただき心から御礼申し上げます。

 私は戦時中に生まれました。周りの大人たちが話す戦争の話は子供語ごろにも大きな衝撃でした。その頃ヨーロッパのスイスが平和だったことも知りました。私の心は平和なスイスのことを考えることでいつも安らいでいました。

 私が子育て中の時に大熊町に福島第一原発がつくられました。周りの人たちがたくさん働きに行きました。私は広島に落とされたあの恐ろしい原爆のことが頭をよぎりました。しかし周りのほとんどの人たちが私が聞いてもいないのに絶対安全だ。事故は起きないんだ。ここには大きな自信は来ないんだと口々に言っていました。そして原発の陰で生活が豊かになったように思い込んでいました。

 あの3.11の大きな地震の後原発が4基も爆発して広島に落とされた何百倍もの放射能を飛び散らかしてしまいました。生まれ育った時から私たちを守ってくれた豊かな自然は放射能という死の灰で汚されてしまったのです。安心安全という真っ赤なウソと少しばかりの豊かさに踊らされていた自分を悔やみ、未来を生きる子供たちの空気を思い、自分の目から流れる涙を抑えられませんでした。

 国は始めから安心安全キャンペーンをやる一方で福島医大には膨大な予算が充てられました。復興予算、そして除染費用、毎日新聞やテレビのニュースでは福島県に充てられる予算の数字が大きな文字で移されていました。今県内各地に大手企業が入り除染が行われています。そして手抜き除染のことが取り上げられました。水で洗い土を剥ぎ草木を倒して袋に詰め込むだけで私たちの地域が元通りに戻るわけがありません。雨が降れば大地の放射能は川へそして海へ流れるのです。汚染水のタンクが汚染物の詰まった袋が所狭しと増えるばかりです。

 去年から帰ってよいとされる30キロ圏内の私たちの地域では山菜から高いレベルの1万何千ベクレルというセシウムが検出されました。しかし帰っている年配の人たちは知らずにそれを食べてしまうのです。福島で起きていることの真実を隠したいと考える人たちの強い力があるように思えてなりません。

 先日総理大臣が我が国の世界一の原発の技術を外国へ輸出するといっておられました。福島の原発が世界一の技術であるならば世界中の原発は今すぐ止めなければいけないでしょう(拍手)。それをなぜ世界中のどの国よりも放射能の恐ろしさを体験済みのはずの日本が外国に輸出されることが許されるのか、それはまるで日本は歴史認識がないと隣国から言われた昔の戦争と同じになるのではないか(拍手)。後に責任を問われるのではないかととても心配です。経済成長戦略にとらわれすぎて道を誤ってはいけないでしょう(拍手)。 

 今問われていることは日本の使命はあの穏やかに美しく凛と輝やく宇宙から見たこの地球をわれらの母なる星を知性と愛情と調和で守ることになると思うのです(拍手)。未来の日本が昔と同じ責任を問われないため原発のごみと国の大きな借金で未来の日本が苦しむことがないように今考えを新たにする時ではないでしょうか(拍手)。勇気をもって真実を明かし福島の真実を語り世界の英知を結集し福島を日本をそして母なる地球をも待っていきましょう」



 
posted by iwajilow | 08:41 | 原発は怖いよー | comments(0) | trackbacks(0) |