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裁判員裁判を初めて傍聴する
恥ずかしながら昨日(21日)初めて裁判員裁判を傍聴しました。今回の法廷は殺人未遂事件で、今回で結審でした。

裁判官の両隣にずらっと並んだ裁判員は若い女性やサラリーマン風の男性、あるいは白髪の初老の女性などです。

判決前の最後の法廷でしたので、検察官は求刑をし、それに対して弁護人も意見を述べるという形なのですが、やはり普通の裁判と違います。検察官も弁護士も裁判員に語りかけるように主張をしていました。

今回の事件はこんな事件でした。

1月15日午後6時45分ごろ、東京都板橋区大山町のマンションから男の声で「包丁で私が人を刺しました。包丁は置いてあります」と110番があった。警視庁板橋署員が駆けつけたところ、この部屋の住人の飲食店店員の女性(23)が背中から出血しながら、ベッドの上にあおむけで倒れているのを発見。近くにいた会社員、****容疑者(37)=埼玉県新座市野火止=を殺人未遂の現行犯で逮捕した。女性はけがの程度は不明だが、意識はあるという。

 同署によると、2人は同日午後0時半ごろから、マンションにいたとみられる。室内の食器棚の上には、凶器とみられる文化包丁が置かれていた。緑川容疑者は、「ペットをめぐって口論になり、女性を刺した。自分も死のうと思った」という趣旨の説明をしているといい、同署が詳しい動機などを調べている。

産経新聞より


さて、争点になっているのは殺意があったかなかったのかです。それによって殺人未遂事件か傷害事件に分かれ、当然罪の重さも変わってきます。

検察側は「刺した後救急車を呼ばなかった」「被害弁償も慰謝の措置もしていない」「事件が発覚しないように職場の同僚との待ち合わせ場所を変更した」「刺した後、被害者の『私死ぬの?』という問いかけに対し『死ぬよ』と答えた」などから殺意があったと主張しています。また平成19年12月に同じうに傷害罪で懲役1年8ヶ月の刑を受けこの6月に刑の執行を終えたばかりだということも主張していました。

そしてこのあたりが裁判員裁判ならではと思ったのですが、検察官が最後に、『量刑判断において同種事件の量刑データを参考にされると思いますが、その際にこの事件の動機が『男女関係であること』『反省がないこと』凶器が刃物であること』などを忘れないでください」と2回も話していました。

ちなみに求刑は懲役10年です。

一方弁護側は『被告人に殺意はなく傷害事件である』と主張しています。

被告は事件の5日前にも被害女性の部屋に泊まり、男女関係もあった。事件の2日前の夜には「リエちゃん大好きだよ。仕事がんばれよ」とメールを打ち、被害女性からも「私も好き。がんばるね」というメールが帰ってきている。そんな関係の二人に本気の殺意があったはずがないとしています。

また被害者は背中から刺されたそうですが、刺された場所が肩甲骨付近であり、傷口は背中の左側にハの字を書くように外を向いていたので、左手で刺したはずだと主張しています。検察側は右手で刺したと主張していますが、もし右手で刺したのであれば手首を外側に向けて刺さないとこういった傷がつかない、それは相当不自然な刺し方だといいます。

また1回しか刺しておらず、傷自体も幅4センチ、深さも3〜4センチと決して深いものではないといいます。もし殺すつもりならもっと強い力で何度も刺すはずだと。

救急車を呼ばなかったことについては自殺をするつもりだったといいます。

さて、この後がやはり裁判員裁判ならではなのですが、弁護士はこう言っていました。

「刑事裁判には冤罪をなくすために厳しいルールが課せられています。
「殺意があったことを立証するのは検察側の責任です。被告は殺意がなかったことを立証する必要はありません。裁判員の皆さんは常識に従って判断して殺意があることに疑問が残るときは殺意がないと判断しなければなりません。殺意があることに疑問があった場合は傷害罪にとどまります」

これも初めてですが、弁護側から量刑の提案もしていました。

「被告には立ち直りに協力してくれる仕事の仲間がいます。被告人は平成19年に傷害罪を犯したときとは違います。自分自身の問題に気づきまわりのサポートを受けることもできます。それほど長く刑務所に入れる必要はありません。被告に殺意はありません。傷害罪にとどめるべきです。懲役3年が妥当だと思います」

聞いていて、なんで37歳の暴力男が23歳のうら若き女性とつきあえるんだと、軽く嫉妬しました。僕が裁判員だったらそういうことも量刑判断に加えてしまうのではないだろうか?

さて裁判員裁判実施から1年半。検察側も弁護側も裁判員裁判がどんなものかがある程度把握されているのだと思います。そのためか、一般裁判よりも説明は格段に分かりやすくなっています。

その一方、今日これは裁判員裁判ならではなのかな、と思ったところが実は本質なのではないかと感じています。

検察側が特に主張していたのは「量刑データを参考にしないでくれ」ということとポイントとして挙げたところです。ポイントとして挙げたところは法律判断ではなく情状の部分です。

そして弁護側が特に強調したのは「常識に従って判断して殺意があることに疑問が残るときは殺意がないと判断しなければなりません」ということです。「合理的な疑問がある時は被告人に有利な判断をしなさい」つまり「疑わしきは被告人の利益へ」という刑事裁判の原則を述べているわけです。「また主張の中で再三「思い込みや推測ではなく『客観的な証拠』で判断してください」と言っていました。

裏を返せば、「思い込みや推測」で判断されてしまうことが多く「疑わしきは被告人の利益」にならないことが多いので注意喚起しているということではないのでしょうか。

検察官の主張はまさに法ではなく情に訴えています。その方が重い判決になりやすいからなのでしょうか。

きっと、被害者遺族の参加なんてされた日にはかなり情にほだされるような気がします。

僕はこういった感情に訴えるような裁判は人民裁判と呼ぶような気がしていて、いい傾向だとは思えません。

裁判員裁判導入の時に言われた市民感覚を裁判に取り入れるということは決して感情的な裁判にするということではなく、常識で考えてそれはおかしいことをきちんと判断していくということだったと思います。僕のイメージとしては袴田事件で凶器とされた彫刻刀のような小さな刃物でたった一人で親子4人をめった刺しにして殺せるのか?とか狭山事件で字の書けない人が脅迫状をかけるのかとか、そういったことでした。しかし、これが現実の姿です。

検察や弁護側は無駄なことはしません。建前はやりません。もっとも効果的と思った戦術を取ります。攻める検察は情に訴え、守る弁護側は証拠に基づいて客観的に判断してくれという。もちろん、一つの裁判の1回の公判を見ただけですべては判断できませんが、こういう傾向にあるということではないのかと思います。

被告人は最後にこのようなことを言っていました。
「今回、**さん(被害者)には大変申し訳ないことをしました。家族の方にも心配をおかけして大変申し訳なく思っています。職場の方にもご迷惑をおかけしました。今後はカウンセリングを受け心のケアを受けなおした状態で早く社会復帰して一人の人間として生活していきたいと思います」

この被告人の最後の言葉がなんかあんまり心がこもってなく、自分の社会復帰のことばかり考えているような感じで印象がよくありませんでした。でも被告は自分の感情がうまく出せずぶっきらぼうになってしまう人なのかもしれない。声色から反省してないなどと判断するのはものすごく危険です。

この最後の言葉は法的な意味合いではなくあくまでも印象にしかすぎません。裁判員はどう判断するのでしょう。


判決は今日(22日)の午後4時です。


10月23日追記
判決は懲役7年でした。検察のいう積極的な意思としての殺意は認められないが、自分の行動が人を殺す可能性があるということは認識していたと推認できるとし、殺人未遂を適用したそうです。裁判員は「これは認められる、これは認められない」と会議を重ね判断したと言います。検察の言い分をそのまま無批判に採用しなかったという面で少しホッとしました。
posted by iwajilow | 01:20 | 裁判員制度は? | comments(0) | trackbacks(0) |
第1号裁判員裁判のからくり
仙台で24日に行われた「今 裁判がおそろしい」という市民集会の報告です。
この集会大変興味深い話がいくつも出ました。

まず今回は元共同通信の記者で同志社大学の教授であり、ジャーナリストでもある浅野健一さんのお話から裁判員裁判についてです。

この裁判員制度についてはほとんど権力側の思惑通りに事態が進んでいて、官僚裁判から感情裁判になっただけと思っています。

検察の求刑通りの判決がこんなに出るとは、検察もほくそ笑んでいることでしょう。

さて浅野さんは8月に東京で行われた全国初の裁判員裁判は大きなからくりとヤラセがあったといいます。

まずは当時を伝える新聞記事です。

初の裁判員裁判、8月3日から 東京地裁、審理日程決まる2009年6月12日 全国初の裁判員裁判となる公算が大きい東京の女性刺殺事件で、無職藤井勝吉被告(72)の公判前整理手続きが12日、東京地裁であり、初公判を8月3日とする審理日程が正式に決まった。初公判に呼び出す裁判員候補100人も選定。(共同通信)


初の裁判員裁判が開廷…東京地裁
 国民が裁判官とともに判決を決める裁判員裁判の第一号事件の選任手続きが3日午前、東京地裁で始まり、裁判員候補者47人が手続きに参加した。
 抽選などを経て、午前10時38分、全国初の裁判員6人と補充裁判員3人が選任された。公判は午後から開廷。刑事裁判に国民の社会常識を反映させるために導入された新制度が動き始めた。
 被告は、東京都足立区で今年5月、韓国籍の整体師文春子さん(当時66歳)を刺殺したとして殺人罪で起訴された無職藤井勝吉被告(72)。
YOMIURI ON LINE 8月3日より


初の裁判員裁判、懲役15年…東京地裁判決
 全国初の裁判員裁判となった東京都足立区の路上殺人事件で、東京地裁(秋葉康弘裁判長)は6日、殺人罪に問われた無職藤井勝吉被告(72)に懲役15年(求刑・懲役16年)の実刑判決を言い渡した。
 この日の公判は午後2時38分、裁判官3人と裁判員6人が出席して始まり、秋葉裁判長が藤井被告を証言台の前に立たせ、判決の主文を告げた。
 裁判官3人と裁判員6人は6日午前、刑の重さなどを決める最終評議に臨んでいた。3日から5日まで連続して行われた審理には、被害者参加制度に基づいて殺害された整体師・文春子さん(当時66歳)の遺族も参加し、「最低でも懲役20年」の刑を求めていた。
(YOMIUI ON LINE 8月6日より)


こういった記事からでは伝わってこないいろいろな話があるようです。

まず裁判員裁判の対象事件となりそうな4月から5月にかけての起訴件数は過去5年間の起訴件数のおよそ半数だったそうです。裁判員裁判になるのを避けて起訴を見送ったのでしょうか?不思議です。

また「東京の弁護士たちは第1号裁判員裁判の国選弁護人に裁判員制度反対派がつかないように気を配ったという」ということでした。

「最高裁は第1号事件を東京地検で行い、死刑事件や否認事件も避けることは決まっていた」そうで、さらに「覚せい剤事案だと成田空港を抱えうる千葉県などになる可能性も高く、被害者もいない事件なので第一号事件からは外した」そうです。

結局、足立区の事件が選ばれました。

浅野さんはこの裁判員裁判の後、被告人のFさんに面会に行ったそうです。Fさんは「控訴審ではまともな裁判をやってほしい」と願っていたそうです。

それはなぜなのか?

「自分自身は傷害致死たと思って取り調べでも『殺意はなかった』とずっと言っていた」と。しかし「こんなことを言われたのでカッとなって刺したといっても裁判員の心証が悪くなるだけだ」と弁護士にも言われ、殺意を認めることになったそうです。

裁判員裁判だったため、被害者の落ち度を弁護側は訴えることができなかったようです。

例えば「被害者は駐車場の前にバイクを止めたりという嫌がらせをして、車を入れないようにしていた。Fさんもわざわざ駐車場を他に借りたりして無駄な料駐車料金を年間21万円も払っていたりしていた。二人の間は口論が絶えなかった。他の人もこの被害者の行動で駐車場に止めることができなく、他に駐車場を借りていた」

被害の当日、口論になった際、被害者がFさんを罵るために言った言葉も封印されました。

その言葉は「お前みたいな敗戦国民のクセにえらそうなこと言うな」。被害者の方は在日の方だったので外交問題になるとこの言葉は伝えられませんでした。

浅野さんはこう問題点を指摘します。

「彼は生活保護を受けていた。『敗戦国民が国から生活保護受けているお前は人間のクズだ』見たいな事を言われたわけです。それは近所の人はみんな聞いている。マスコミも近所取材して聞いている。だけど最高裁、マスコミ、検察、弁護士などの権力がこの『敗戦国民』という言葉を消して『○○○○と言われてカッとなった』としたそうです。弁護士に聞いたら、「『外交問題になる』というのが当局側の見解だった」。私たちもあえて出す必要がないと考えた。しかし私はあえて出す必要があったと思う。というのは傷害致死なのか殺人なのか、大きな境目がこの一言だと思う」



浅野健一氏

当時の新聞には裁判員を批判する記事はほとんど見当たりません。みなさん市民を讃えています。これ「お国のために頑張った」ということなのでしょうか?

どっちか一方に記事が流れるとき、ものすごく危険を感じます。

以下のような記事が代表的な論調でした。怖い怖い。



裁判員初判決 定着へ試行錯誤重ねて
2009年8月8日

 見たり聞いたりする裁判から参加する裁判へ、日本の刑事司法は様変わりのスタートを切った。市民が犯罪や刑罰を主体的に考える社会にするためにも、検証と試行錯誤を重ねて定着させたい。

 東京地裁の裁判員裁判第一号は順調に終わった。周到な準備と配慮が実り、「お上頼りの国民性」「裁判官主導になる」などの懸念はとりあえず杞憂(きゆう)に終わった。

 法廷で裁判員は活発に質問、捜査段階の供述調書と法廷供述の矛盾を突く鋭い質問もあった。記者会見では「以前から知り合いのような感覚で意見交換できた」「難しかったが皆と成し遂げた」など、殺人という重大犯罪を裁いて責任を果たした充実感が語られた。

 人生や犯罪、刑罰などについて深く考えた裁判員もいた。

 懲役十五年の判決を「裁判官裁判より重い」と見る人が多い。しかし、隣人に突然ナイフを振るったことに対する市民の反応として重く受け止めるべきだろう。

東京新聞より
posted by iwajilow | 00:37 | 裁判員制度は? | comments(0) | trackbacks(0) |
死刑を考える日
10月10日は世界死刑廃止デーだそうです。

そこで昨日、弁護士会館で「死刑を考える日」〜テレビドラマ『サマヨイザクラ』で見る裁判員裁判と死刑〜というイベントが行われました。

テレビドラマ「サマヨイザクラ」の上映と、原作者の郷田マモラ氏と共同通信の竹田昌弘氏のパネルディスカッションが行われました。

会場には120名ほどの方が詰めかけたそうです。



裁判員制度が実施されるようになり、判決が感情に流されるようになってしまったと感じている今日この頃、お二人の発言を興味深く聞いていました。印象に残った発言の要旨をいくつか(なお竹田さんの発言は社としての意見ではなくてあくまでも個人としての意見だそうです)

郷田氏(死刑判決を裁判員が下すことについて)「一人の人間を殺してしまう1票を投じるかもしれないということ。一般市民が死刑を判断する裁判にかかわるのは負担が重すぎるのではないか。一刻も早く外してほしい」

竹田氏「死刑こそ有権者が下すべきだと思う。しかしその場合でも(裁判員、裁判官)9人全員が一致して死刑でやむを得ないと判断した場合に限ると思う。死刑を多数決で決めるというのは納得いかない」

守秘義務について
郷田氏「僕が書いている漫画のドラマ化が決まってうれしくなってついつい記者発表前についつい書いてしまった。それがネットで広まり編集長に怒られました。それってとても人間的なことだと思うんです。一般の人には守秘義務は守れません」

竹田氏「裁判員の方非常にまじめなんです。何か聞いても『守秘義務が』といわれます。これはつまり選ぶ側がそういう守る人を選定しているということなのだと思います」

判決について
郷田氏「一般の人が総合的に判断するのは無理だと思う。どうしても自分の人生経験に照らし合わせてしまう。被害者感情を両方から、つまり加害者のそれまで受けてきた被害感情と被害者の被害者感情というものを両方から訴えられた場合、かなり裁判員によってばらついた量刑になる可能性があるのではないか。つまりくじ引きによって量刑が軽くなったり重くなったりするということになるのではないか」

竹田氏「裁判員が総合的に判断するというのは無理で、頭の中が被害者一色になったり被告人一色になったりする。青森の事件で裁判員の一人は『被害者のために親身になってやりました』と答えていた。本当は中立でなければならないのに、頭の中が被害者の母親になってしまっている。また山口の介護殺人未遂は被害者の方が被害感情もないということもあり、今度は被告人一色となった。

また求刑通りの判決も多い。弁護士の言葉が届いていないのではないかと思う。東京の一軒目の殺人事件の被告人は自首しようと思ったんですね。自首するのなら部屋を片付けておかなければと思う。それを友達に頼もうと思うのですが、友達は大井競馬場に行かないといない。仕方がないから行く。しかし大井競馬場行くと競馬やっているから思わず買ってしまう。一般の人から見ると『なんてやつだ』と思うんです。でもこういう人いるんですね。裁判官はそういう人たくさん見ているから分かっている。そういう人でも情状酌量する余地があれば、情状をつけて求刑の7掛け8掛けにする。

弁護士はそのつもりで『生活保護を受けていて、趣味が競馬』ということしか言わない。しかし裁判員にはそれでは届かない。『とんでもないやつだ』としか思わないんです。しかし被告は時間を持て余してしまって、100円の馬券を1日に3回くらい買うのが唯一の楽しみだった。そういえば分ってくれるのに言わないんですね。まだ弁護士の意識改革ができてないのではなかと思う」




posted by iwajilow | 07:47 | 裁判員制度は? | comments(0) | trackbacks(0) |
あまりに一方的…裁判員裁判に思う
僕は裁判員裁判にずっと疑問を抱いてきましたが、初めての裁判員裁判の判決を受けて、これはどうしようもない制度だと改めて感じました。

裁判員裁判 検察「よく討議、感銘受けた」 「同年代なら…」被告は不満
8月7日7時56分配信 産経新聞

 初の裁判員裁判を終え、かかわった裁判所、検察、弁護側は「充実した」「従来の裁判官の思考過程と同じ」などと感想を述べた。

 裁判員と一緒に判決を出した秋葉康弘裁判長は「裁判員・補充裁判員の方々には、熱心に審理や評議に参加いただき、大変感謝しています。裁判官と裁判員とが一つになって裁判を行うという裁判員制度の目的にかなった、充実した裁判であったと考えています」とコメントを発表した。

 東京地検の谷川恒太次席検事は「検察の主張、立証に裁判員の理解が得られた。初めての裁判員裁判を円滑に進行できた」と安堵(あんど)の表情。特別公判部長の青沼隆之検事は「よく討議された判決で、大変しっかりした内容。納得でき、感銘を受けた」と評価した。


そもそも権力を持った検事が「よく討議された判決で、大変しっかりした内容。納得でき、感銘を受けた」なんて褒めること自体おかしい。

権力者なんだよ、検事は。そういったプレッシャーが一般市民にとってどれだけきついものか。対して弁護士はなんの権力ももっていない。発言の重みが違います。そもそも、判決自体が検察側の主張を全面的に認めているのだから、うれしいには違いないでしょうが。。。

集中審理の弊害も明らかになりました。

組織をあげて全力で被告に襲いかかる検察。防御する弁護側は個人商店です。たとえて言うのならば、メガスーパーVSよろず屋。今まではそれでも時間をかけることで検察の矛盾点を突くことができた。この時間のなさでは弁護側は自分たちの主張をまとめることが精いっぱいで、とても検察の矛盾点を突くまでにはいかない。

7日西日本新聞より
「今夜も徹夜だろう。あまりにきつい。これが普通なのかな」4日の第2回の公判終了後、国選弁護人2人は疲れ切った様子で話した。5日午前には連日の審理内容を踏まえて弁護側の主張をまとめ、最終弁論をしなければならない。今までなら、準備期間は少なくとも1週間以上あった。準備が終わったのは開廷の5時間前。1時間だけ眠り、裁判所に向かった。


以前、ある弁護士さんがこう話していました。

「検察は税金によって刑事事件のプロとして訓練を受け、専門としてやっている。ところが有罪率99%で成功報酬も望めない弁護士は、刑事事件だけでは、とても食べていけない。離婚問題とかやりながら、片手間に刑事事件をやらざるを得ない。自ずからそこで力量に差が出てしまう」

捜査権もない弁護士が被告の有利な証拠を見つけだすことは容易ではありません。

ある冤罪を訴える方がこういってました。

「無罪の立証をしようと思って目撃者捜しをしていました。キオスクのおばちゃんなら見ていたかもしれないと思って、弁護士さんがキオスクに問い合わせたけど、『個人情報だから教えられない』で終わりですよ。警察には何でも提出するけど、僕らは何もできないんです」

そして弁護費用だって、貧乏な被告からもらうわけにもいかず、手弁当になることが多い。豊富な資金を使える検察とはまるっきり立場が違う。今回のイラストだってその資金は税金です。

「無罪を訴える事件で着手金50万円もらうとするとでしょ。それで半分事務所に入れて、残り25万円。これに調査費用も含まれるわけです。期間は半年とか、1年とか。それで有罪なら成功報酬ももらえないわけですよ」
と話してくれた弁護士の方もいらっしゃいます。

50万円だって、被告にとっては大きな負担。無罪を勝ち取ろうとすれば、弁護団を作るわけだから、3人も4人もお願いしなければなりません。

しかも有罪率99%。これが平等な裁判なのか?

そして権力側はまず嘘をつかないという思い込み。
今回の事件でも弁護側の主張をことごとく退けました。

「人を殺す」というのは一線を越えさせるそれなりの理由があったのではないか、という一般市民感覚はなかったのでしょうか?
いかに僕たちが権力に迎合してしまうか、思い知らされます。

被告を取り巻く状況は何一つ解決せず、捜査の全面可視化も全証拠開示も代用監獄の問題も進展しない、検察は被告に有利な証拠を隠すことも可能だ。逆に被害者参加制度や公判前整理手続きといった検察の望むものだけが取り入れられ裁判員制度はスタートした。こうして「民意を取り入れました」という仮面をかぶった官僚主導の制度が走りだしていった現実にただ唖然とします。

大衆が権力に迎合し、褒められたいがために、評価されたいがために、あるいは自分の生活を守るために暴走する。関東大震災のときの朝鮮人大虐殺も中心になったのは権力に煽られた自警団でした。

ものすごい恐怖を感じます。

posted by iwajilow | 09:39 | 裁判員制度は? | comments(0) | trackbacks(0) |
3度の死刑判決から生還した阿藤さんが反対する裁判員制度
15兆円もの税金をバラまきながら、後期高齢者医療、年金、天下り、労働者派遣法、障害者自立支援法などなどの基本政策は何も変わっていません。ただ一時しのぎ給付金をまいたり高速道路を1000円にしたりです。それでも支持率が上がるあたりに絶望を感じるのですが、その変わらない基本政策の一つにこの5月から導入される裁判員裁判があります。

これまで2回にわたって書きました「冤罪はなくなるのか八海事件・福岡事件・富山事件から裁判員制度を検証する」というシンポジウム報告の続きです。

以前のリポートは[こちら]です。

1951年八海事件という事件が起きました。この事件は単独犯だったにもかかわらず、警察が「複数犯」と見立て無実の人が次々と逮捕されていきました。結果的に真犯人一人のほかに4人が逮捕され主犯とみなされた阿藤さんは1,2審で死刑判決を受けました。

八海事件
1951年1月25日に山口県熊毛郡麻郷(おごう)村八海(やかい)で発生した夫婦強盗殺人事件。犯人として捕らえられた5人のうち実行犯A氏以外の4人は拷問により自白を強要されたと裁判では無罪を主張。1審、2審で全員有罪。主犯格とみられた阿藤氏は死刑判決。しかし最高裁では高裁差し戻し、高裁では実行犯の単独犯行として4人は無罪判決。しかし検察の上告により最高裁が再び履き差し戻し、高裁で今度は全員有罪。さらに最高裁に上告され最終的に実行犯A氏の単独犯行と認定され主犯格とされた阿藤氏を含め4人は無罪が確定した。
―参考:ウキィペディア



阿藤さんは死刑(地裁)→死刑(高裁)→差し戻し(最高裁)→無罪(高裁)→差し戻し(最高裁)→死刑(高裁)→無罪(最高裁)と7度も裁判を受け最終的に無罪になったという方です。

すでに82歳になられる阿藤さんが「裁判員制度は反対です」とこのシンポジウムで話をされました。

「もし皆さんが裁判員になられた場合いかに有罪だと確信しても、やすやすと死刑判決を言い渡せますか。この男は必ずやっている有罪に間違いない、死刑だと絶対死刑に間違いない。そういう事件に直面した方は自信を持って有罪だ死刑だというふうにできますか。人が人を裁くんです。人が人を裁く中には必ず間違いがあります。

私は17年間の間に7回も裁判をやらされました。最高裁に3回行っているんです。最高裁は第1、第2、第3と3つしかない。これを全部行ってます。その裁判所の裁判官のうち、みんな結論が違ったんですよ。最後に一言『済まなかった』と『間違いだった』とだれ一人言ったことないですよ。全部平然としています」

と、阿藤さんは広島の拘置所に7年間いたそうです。その間に5人の死刑が執行されたそうです。

「その本人たちと前の日まで一緒に運動もしましたし、入浴もしました。そしてその執行が9時半か10時ころにやってきます。処刑される日には監房を出ます。そして『長いことお世話になりました』と、食事を出すところから手を差し伸べるんです、握手するために。私は何とも言えませんでした。『ずいぶんお世話になりました』という返事だけしました。涙が今でも残っているような気がいたします」

阿藤さんの独房から死刑執行台の屋根が見えたそうです。

「私はその死刑執行台の屋根が見えるところの独房にいたんです。音が聞こえるんです。バターンと。それは足が落ちるその音だと私は推測しているんです」

17年間で7回も判決を受ける羽目になった阿藤さんは日本の裁判制度を検察側の上告権という面から批判します。

「私は自分が17年間もなぜ戦わなければならなかったのか、私は最高裁に3回行っています。第1回の差し戻しで無罪になりました。そうするとアメリカでは被告に有利な無罪になったら控訴できないそうなんです。

だけど日本はいくらでもできます。私が無罪になったらすぐ警察官が上告しましたそれが第2回目(最高裁)です。第2回目の裁判官の中に松川事件で反対意見を出した一人野裁判官がいました。なんといったかと『八海事件は幹があればいいんだ、枝葉は問題ないんだ』と。

ということは真犯人が阿藤たちと一緒にいたという自白があればそれでいいんだと。どういうふうになったとか細かいことはどうでもいいんだとそういう大雑把な判決をしたわけです」

証拠は拷問による自白のみ。しかし事実認定は非常にいい加減なものだったと言います。

「強盗に入ったのに一人はちゃんとお金を取って使っている。あとの4人は全然一銭のお金もないし、当時着ていた服にも血痕は付いていない」

また「裁判が進むにつれていかに裁判所がいい加減なところか実感してくる」ということは多くの人が言っています。阿藤さんも同じようなことを話していました。

「最初は裁判官って偉い人だなぁと雲の上の人だなぁと考えていましただけど裁判を重ねるに従って裁判官というのはいい加減なものだなぁと思いだしました。もっともそういう人物が1審の裁判長でした。裁判長は最初からこの八海事件は有罪だと思っているんですよ。

1審のときに(裁判官たちと)現場検証に行ったんです。僕ら4人は『行かない』と、『自分は現場行ったこともないし全然行ったって駄目なんだ』って言ったけど『頼むから付いてきてくれ』と言われ行きました。

ところが裁判長は私と共犯にされた一番年の若い、まだ20歳くらいの人を陰に呼んで『正直に言え』と『正直に言ったらお前は刑が軽くて済むんだ』とこういうふうに自白を強要してきました。こういうことを裁判長が言うんだ、それじゃ有罪も無理がないなぁと」

「八海事件はこれから先ないでしょう18年もかかって計7回も裁判をしました。今後はそういう事件は起こらないと思います。また起こしては決していけないと思います。

今でも苦しんでいる無実の人がたくさんいるんです。あのくらい独房と悶々と暮らしている人がいらっしゃるんです。それに思いをはせるときに、ここでもう一度裁判員制度を考えなくてはいけません。

わたしは裁判員制度は反対なんです。なぜ昭和3年から昭和18年まで陪審員制度を作って、やめてなぜそのままほったらかしているのか。なぜそれを今頃持ち出したのか。何も最高裁は話してないです。ただ裁判員制度を始めると裁判員制度を再び日本で施行するなら最高裁は説明をしなければなりません。国民が納得いく説明をしてから始めなければなりません。私はそう考えています。

『人の命を奪ったんだから死刑は当然』と言う人がいますがそれと国家権力が権力によって殺すのはちょっと違いますよ。死刑は絶対に本の国から追放しなければなりません。そのために私は訴えていかなければなりません」

死刑と無罪の間を国家によってなんども往復させられた方の言葉だけに重いものがあります。

今でも無実の罪で苦しんでいる方はたくさんいます。裁判員制度は「えん罪をなくす」ということが目的で始まった制度ではありません。ではなんのために導入されるのか?何のために国家はこの制度を導入したいのでしょうか?


阿藤周平さん
posted by iwajilow | 19:37 | 裁判員制度は? | comments(0) | trackbacks(0) |
裁判員制度は魔女裁判?
クサナギ君の事件ははたして逮捕までされるような悪質なものだったのか?「公然わいせつ」でどうして家宅捜査までするのか?法の下の平等ということに照らせば、警察はこれからめちゃくちゃ忙しくなるんだろうなぁと。

しかも頭からジャンバーをかぶせるなどの措置も取らず、引き回しの絵を取らせるあたり重罪人の扱いです。「公然わいせつ」というのはきっと僕が考えている以上に重罪なんだなと認識を新たにしました。

そういえば、二階経済産業相の捜査はどうなっているんだろう。これも時効ということでいえば5月くらいに時効をむかえる案件じゃなかったっっけ?

などなどこの国の警察・検察のますますのご活躍に頭が下がる今日この頃です。

この勢いで裁判員制度になだれ込むんでしょうか。そして事前の思想調査で「クサナギ君逮捕は正しい!」と支持する方々だけが裁判員になるという現実がそこにはあるのでしょうか。

裁判員制度のための「踏み絵」を用意してくれたのかな?とも思います。


さて「裁判員制度でえん罪はなくなるのか」シンポジウムの続きです

前回のブログはこちらです

関東学院大学の宮本弘典教授(刑法)のお話で興味深かったところを再録させてもらいます。

宮本教授は刑法、刑法史の研究をされているそうです。魔女裁判の検証なども研究テーマだということです。

まずは、宮本教授はこう切り出しました。

「捜査側は否認調書は作らない。少なくとも刑事裁判の証拠として提出することはしないということはいえると思います。断片的な話になりますが検察警察側は強制的な権力を持って証拠を集めることができますが、被告人弁護側はそういった証拠集めはできません。ということは検察官が手持ちの証拠を本来はすべて開示すべきなんです。そうするとこれはおかしいじゃないかと発見する可能性もある」

松川事件ではアリバイ証言をずっと検察側が隠していたということも起こっています。

松川事件
1949年8月17日、午前3時9分頃、福島県松川町を通過中だった東北本線上り列車が、突如脱線転覆するという事件。死者3名。捜査当局は、強引な取調べで自白を強要、労働組合員ら20名を逮捕、起訴する。第一審は検察側の主張をほぼ認めた形で5人を「死刑」、5人を「無期懲役」、10人を有期の懲役とし、全員有罪の判決を下した。控訴審の仙台高裁は検察側主張の一部を否認し3人の無実を認めたが、他の17人に関しては死刑4人を含む有罪判決だった。ところが、「実行犯」として一審・二審で死刑判決を受けた佐藤一さんのアリバイを証明するメモを検察は捜査段階から手元に置いて隠匿していたことが発覚。最高裁で差し戻し、無罪が確定した。
―参考:狭山事件・最新情報HP



こういった取調べと魔女裁判の取調べはそっくりだといいます。

「魔女審問官の取調べ過程とそっくりなんですね。身柄拘束というところから裁判が始まるわけですが、何度も何度も取調べをするんです、取調べをする段階で、良心的な取調官は取り調べのはじめから拷問をするなんてことはしません。

良心的な取調官も被告人が否認をしている間は何も書かないんです。『お前は悪魔に魂を売っているに違いない。そこから救われる機会を今私たちはお前に与えようとしているんだ。十分に考えろ』といって牢獄に戻すんですね。『十分考えろ、十分考えろ』といって牢獄に戻しているうちに短い人だったら2日か3日、長い人でも1年か2年ではいてしまう。その1年か2年の間に風聞が立つわけです。

『あそこのおばあちゃんはずっと牢獄に入ったままでてこない、やっぱり魔女だったのね』後からのうわさが立つ、その後からのうわさがまた証拠にされてしまいます。

結局、有罪判決が出てくる、その裁判の方式というのが壮大な儀式でした。あらかじめ作られた調書を裁判官が読み上げるというカタチで公判が進められていきます。判決言い渡しも再びその自白調書を読み上げて、『したがって被告人は死刑』というかたちで進行する。

公開されるのは判決言い渡しの日だけです。それ以外はすべて密室で行われます。最終日に自白調書を読み上げて被告人にこう聞くんです。『これで相違ないか』これは被告人にとって自白を翻す最後のチャンスです。が、それも大体、翻ることなくおわったようです。というのも当時の著名な法典に『被告人の自白の翻し、あるいは否認が正義を妨げるための時間稼ぎと認められる場合には…』という条文があります。

したがってたいていはその条文によって、被告人が自白を翻したとしてもそれが有効に認められることがなかったというのが魔女裁判の方式だったわけです」

戦時刑事特別法という法律が戦時中に制定されたそうです。
これは戦争で裁判どころじゃないので「有罪認定を簡略化していいですよ」という法律だったそうです。

「なぜこの自白が信用できるのか、通常、証拠評価の理由を判決理由の中に書かなければいけないわけですが、戦時刑事特別法は心証形成について採用した証拠を挙げておけばいいという形にしました。これが戦後も温存されてしまう。現在でも裁判官は証拠評価の詳細については判決理由の中にかかなくていい。つまり『彼が犯人であることはA証言により明らかである』と書けばいい。『なぜA証言が信用できるのか』は書く必要がない。これが現在の日本の刑事裁判です」

この心証形成にいたるプロセスを明らかにしない裁判員裁判が従来の刑事裁判をなんら変えるものではないといいます。

さてここで国家がいかにむごいかということを福岡事件を例に話してくださいました。

「西武雄が殺されたのは1975年の6月17日でした。1975年の5月20日、西武雄の処刑の1ヶ月前に画期的な再審に対する決定が出されています。白鳥決定です。その白鳥決定が出る前は再審を開くためには被告人の無実を証明する新しい証拠、これが再審の要件になるわけですが、その新しい証拠単独で被告人が無罪だとわかる証拠が出てこない限り再審は開けないといっていました。

以前は弘前事件のような真犯人が名乗り出た事件、真犯人が捕まって起訴された事件についても、『いやいやそれだけではこの有罪確定者が無罪だということは証明できないんだ』といって再審が開かれないという状況でした。

この75年の白鳥決定はその証拠単独ではなくて、新証拠というのが、もともとの有罪判決の基礎となっている証拠とあわせて考えた場合、(判決に)疑いを抱かせる程度の新証拠が見つかれば再審を開くべきだ、という決定だったんです。

これが1975年5月20日。西武雄が処刑されたのはその1ヵ月後です。
5月20日再審の門戸を広げる決定は出て、2週間後に西武雄の死刑命令書の起案が出たという事実をどうみるかということです。

『20人の真犯人を逃すともたった一人の無辜の人間を罰することなかれ』これが刑事裁判の鉄則です。

したがって刑事裁判の最も重要な使命は提出される証拠によってその本人の無罪を発見することこそが最大の使命です。

裁判員制度はそれに向けて制度を構築しているか?これははっきり否です。拙速主義、事前の争点整理によって出てくる証拠が限定される。出てくる証拠が限定されることによって、検察官と弁護士の審議が簡略化されるという可能性が出てくる。そうすると有罪認定の原資料が簡略されますから有罪判決もますます簡略せざるを得ない。

裁判員制度はその意味できわめて周到に練られた制度です。裁判員批判を封殺する。裁判員裁判という制度がまっとうなんだというふうに考えている人が国民。これに対して疑問を持っている、あるいはどこかおかしいという人は非国民だという形で市民を分断していく。

したがって『健全な国民常識を裁判に反映させて』その後なかなか引用されないんですが『規範逸脱者に対して有効な措置をすばやくとっていく』とされる裁判員裁判は、刑事裁判の性質を変えないどころか、今でも絶望的な刑事裁判の性質をされに偏向させてまさに魔女裁判に変える可能性を持っているんだと指摘しておきたいと思います」

公然わいせつ罪は裁判員裁判では確かに裁かれません。

ですが(法の精神からいって)クサナギ君はたとえ一時的であったとしても「規範逸脱者」で「有効な措置を素早く取っていく」のが逮捕なんでしょうね。。。
posted by iwajilow | 22:12 | 裁判員制度は? | comments(2) | trackbacks(1) |
裁判員制度に望みなし…?
21日のブログにも書いた裁判員制度がなぜだめなのか?12日に行われた「冤罪はなくなるのか八海事件・福岡事件・富山事件から裁判員制度を検証する」というイベントの報告です。

このイベントで奈良女子大学の浜田寿美男教授は「捜査の過程が全く変わらないという状況で裁判制度だけが変わっても冤罪はなくならない」と主張されました。

浜田寿美男教授
奈良女子大学教授、発達心理学者。著書に「自白の心理学/岩波新書」「自白が無実を証明する―袴田事件、その心理学的供述分析/北大路書房」など多数。甲山事件など多くのえん罪事件で鑑定書を提出。
―参考:ウキィペディア、イベント配布資料


「そもそもこの裁判員制度がスタートしたのが冤罪が起こっているので司法制度改革をしようとスタートしたものではない。間違いがあってその間違いを見極めてそこを変えましょうとやった制度改革であれば期待できるがそういうものではないというのが実態」といいます。

そしてそもそも現行の裁判では「事実の認定は証拠による」という大原則が「証拠は事実の認定による」つまり「証拠そのものが捜査側の思い込みによって作られてしまっている」といいます。
具体的な事件を挙げて解説してくださったので、その一部を再録します。

具体例として八海事件の捜査について話されました。
この事件は真犯人が早々に捕まったものの、捜査側が現場の状況から「単独犯ではない」と思い込みをし、関係のない人が冤罪に巻き込まれていきました。

八海事件
1951年1月25日に山口県熊毛郡麻郷(おごう)村八海(やかい)で発生した夫婦強盗殺人事件。犯人として捕らえられた5人のうち実行犯A氏以外の4人は拷問により自白を強要されたと裁判では無罪を主張。1審、2審で全員有罪。主犯格とみられたB氏は死刑判決。しかし最高裁では高裁差し戻し、高裁では実行犯の単独犯行として4人は無罪判決。しかし検察の上告により最高裁が再び履き差し戻し、高裁で今度は全員有罪。さらに最高裁に上告され最終的に実行犯A氏の単独犯行と認定され主犯格とされたB氏を含め4人は無罪が確定した。
―参考:ウキィペディア


「(八海事件の場合は)真犯人が早々に捕まっていながら捜査員が現場の状況から一人ではできないと考えて、それに基づいて『お前一人でやったんじゃないだろう、誰かと一緒にやったんだろうと』いう形で責められた。実際は単独犯だったのですが、単独犯ということであれば二人殺しているし、強盗ですから死刑になる可能性が高い事件だったわけです。もし自分が主犯でなく従犯ということになれば死刑を免れる可能性がある。当時は単独犯と自白をしていたにもかかわらず、捜査側の見込みで複数犯の筋書きに乗っかってしまった。捜査側は現場の状況からある種の事実認定をしたわけです。複数犯だろうとその方向で取調べが進められ、共犯として阿藤さんたちが巻き込まれ、暴力的な取調べによって自白が作られていったのです」

そして富山事件では目撃者の証言がどんどん変遷していく。これこそが思い込みによって証拠が作られていく過程だといいます。

富山事件
1974年10月3日、品川区東大井で「殺人事件」(中核派が革マル派を襲撃し、一人が死亡)が起きました。
 この事件の「犯人」として、翌年1月、富山保信さんが逮捕されました。富山さんは逮捕された直後から弁護士に「自分はやっていない」「事件があった時刻には池袋にいた」と無実を訴えました。富山さんはその後も一貫してこのことを主張しています。このアリバイは弁護士の調査によって裏付けられました。それを証明する証人も証拠も発見されました。
 警察、検察が富山さんを「犯人だ」とする根拠は、事件現場に偶然通りかかった人々の目撃証言だけで、他に何の証拠もありません。
―無実の富山保信さん再審無罪をかちとる会HPより



「富山さんの事件は法廷に証人として出てきた人たちが6人、調書だけ出てきた人が一人で合わせて7人いるんです。ところが目撃者は7人だけだったかというとそうではなくて、実際には真っ昼間に町の中で起きた事件だったので40人くらい目撃者がいたんじゃないかと言われています。そのうちに調書が作成されたのが34人、写真面割りをされたのが26人、写真面割で選んだという人が20人、面通しで富山さんを選んだという人が11人、その中から最終的に6人が選ばれて法廷に出てきている。ではそれ以外の人はどうだったのか、ということは全然表に出ない。そして6人が法廷に登場し1人の供述調書が出てきた。しかも供述調書を見ると、繰り返し調書を取られています。
 例えば最初の調書では目撃者のYさんは事件当日には20歳くらいだったといっている。その人の調書が時間が経つと25〜26歳というところに収斂していく。他の人も最初30〜35歳と言ってたのが26歳前後のところにいく。富山さんはその当時26歳だった。これは富山さんが犯人だろうという想定が働きはじめて目撃者の供述が動いていくことを良く表しています。
一番最後の検面調書になると『なるほどこれは富山さんと(犯人が)ぴったりだ』ということになりますけれども、その前にバラバラだったものが一つになっていく。その背後には40人の目撃者がいるわけです。彼が犯人だということに合致するようなストーリーに全部集約されて最後に出てきたものが証拠だということになっていくわけです」

福岡事件では拷問で作られた調書が事実と認定されて否認していた方が死刑にされました。しかも実行犯も「単独でやった」といっていたにも関わらずです。

福岡事件
1947年5月、福岡県博多市で2人の商人が殺害された事件。警察は西武雄さん、石井健治郎さんら7人を逮捕。この事件では西さんと石井さんの死刑が確定したが、石井さんは射殺したことは認めたものの自分が撃たれると勘違いして撃ったと主張。西さんは殺害現場に行っておらず、強盗殺人の実行も計画も全面否認していた。最高裁で二人の死刑が確定。その後石井さんは恩赦で無期懲役に減刑されたが、西さんは死刑が執行された。西さんの辞世の句は「叫びたし、寒満月の割れるほど」と無罪を叫ぶものだった。
―参考ウィキペディア、イベント配布資料


「この事件はピストルで二人が殺された事件で、石井さんが実行犯としてやったというのは間違いない。それが多額の金銭を取ろうとするために複数で犯行に及んだと認定されてしまった事件。そもそも共犯関係にあったかということが議論された事件でした。

首謀者と目された人は否認を通しています。ですから自白はありません。あとの6人の共犯者とされた人は捜査側の拷問によって共犯という形の自白を取られています。ところが、調書を見てみると自白を取られたといえる部分はほんの少しなんです。

裁判では一人を除いて全員が共犯はなかったと法廷で言っている。ところが捜査段階でいわれたものだけが取り出されて、共犯という部分だけツマミ食いされて共犯関係はあったと事実認定されている。そして死刑判決が出ている。

実行犯の石井さんが共謀でやったという自白は実は拷問で取られた調書1通だけ。しかもその調書の中でも『共謀はありませんでした』という供述の途中で供述が変わっていって、ほんの少し共謀的なことがあったかのような非常にあいまいなものが入っている。そこだけを取り出して、共謀があったと認定している。

拷問があり捜査側の想定した筋書きにあうような部分に強引に押し込んでいったものが調書に刻み込まれて、それが証拠になる。それ以外のところは『そんなことはなかった』といっているにもかかわらずです。

裁判所は『こういう形で被疑者になった人は自分の罪を軽減するために虚偽の供述をする可能性がある』とそれだけで済ませる。彼ら大部分の供述が自分の罪を逃れるためだったという解釈がいかにして可能なのかということは全く言及しない。しかも実行犯は『自分でやった』といって死刑判決をもらった人なんです」

浜田教授はこの「証拠が作られていく」ことの危険性を回避するためには取り調べ過程の可視化を被疑者はもとより、証人や目撃者の事情聴取でも『可視化』が必要と言います。

そして
「裁判員制度になったからといってその証拠が作られている部分について一切問うことなく裁判の制度だけ変えても冤罪がなくなるということは否定せざるを得ない」
と話していました。


以前、引退した元裁判官の方になぜ日本は無罪判決が少ないのかと聞いたことがあります。

その方はこう話していらっしゃいました。
「もし地裁で無罪判決を出してそれが上でひっくり返ったとする。そうすると確実に無罪判決を書いた裁判官は出世がワンランク下がる。つまり高等裁判所の所長になれたはずが地方裁判所の所長どまりになる。地裁どまりの人は家裁どまりになる。昔のほうが無罪判決多くてどんどん減ってきたでしょう。それは今の裁判官がそういった悲惨な目にあった先輩裁判官を見ているからです」

裁判員制度で、もし裁判員が「無罪」を主張し、それを抑えきれず「無罪判決」になったにもかかわらず上級審でひっくり返されると、その時の裁判官は「素人を抑えきれない無能裁判官」というレッテルを貼られるのでしょうか。

このイベントについて大変興味深い話がまだまだありますので、折を見てまた報告します。
posted by iwajilow | 06:54 | 裁判員制度は? | comments(0) | trackbacks(0) |