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被害者がいねぇなんて関係ねぇby最高裁
JUGEMテーマ:日記・一般
 
先週の木曜日、友人のNさんから連絡がありました。

「柿木さんの上告、棄却されました。無念です」

痴漢えん罪を訴えていた柿木さん。
この事件、事件当時明らかに違う人物が目撃されているのに
警察のご都合により柿木さんが犯人とされました。

さらに被害者は被害届を出していません。

http://blog.iwajilow.com/?eid=1071509

こういったファクトに照らせば
柿木さんに無罪判決が出て当たり前の事件です。

けれども正義というのは
警察は捜査ミスをしない、検察は間違えないという
神話を作ることだと勘違いしている裁判所は
事実に目をつぶり、柿木さんの訴えに耳を傾けませんでした。

それも最高裁上告からわずか4カ月、裁判官どころか調査官も
ろくに書類にも眼を通さず「罰金刑ね、ならいいんじゃないの」という程度で
棄却を決定し、
事務員の「例の判決文印刷しておいて」程度のやりとりで
「原告は憲法違反判例違反を訴えるが云々」という
コピペ3行で済ませたのは想像に難くありません。

昨年来、小林事件の再審請求棄却、
福井女子中学生殺害事件の再審請求棄却、
名張毒ぶどう酒事件の再審請求棄却、
三鷹バス事件の有罪判決…。

ととんでも判決が続いています。

しかし、その一方で名護市長選で
基地反対派の稲嶺氏が勝利するという
いいニュースも飛び込んできました。

僕はこう思っています。

正義と悪が対決したらカタチの上では悪が勝つ。
それは悪人は手段を選ばず何でもするから。
彼らの考える勝利というのが形式的なものに過ぎないから。

けれども正義もいつも負けてばかりではない
カタチとしても勝つ時もある。

たくさんの人の悔し涙が力になり
悪が耐えきれなくなって自滅していくこともあります。

たくさんの、本当にたくさんの犠牲があって
初めて人々が動いてうねりになる。

柿木さんの闘いは決して無駄ではなかった。
倒れても倒れても真実は一つ、正義は自分にあると
何度も立ちあがる柿木さんに裁判官も検察官も
慄いたはずです。

福島原発事故以前、たくさんのさし止め訴訟があったにもかかわらず
東電はほとんど負けていませんでした。
原子力村は強固なタッグを組んで付け入るすきを与えませんでした。
東電も地元の人に神様のように思われていました。
でもウソばかり付いていました。

その東電、今はどうですか。

僕は司法ムラの構図も基本的には同じだと考えています。

今、検察や警察や裁判所を信じる面白い人は
マスコミも含めた司法ムラの方々だけではないですか。

今、不当判決が相次いでいるのは
裁判所も検察も追い詰められているからなのではないか
もう形式的な勝利をつかむことも厳しくなっていると感じているのではないか
と僕は思うのです。

柿木さんもムラの住人の裁くカタチの上での身内裁判では負けたかもしれないけど
決して真実を売らず、心を売らず闘いきったということが
何よりの勝利なのではないかと僕は思うのです。

そしてこういった不屈の人が次から次へと出てくることが
裁判所や検察を追い詰めているのだと思います。

それは誰の心にも響く美しい勝利だからです。





posted by iwajilow | 09:55 | 痴漢冤罪?の恐怖 | comments(4) | trackbacks(0) |
「被害者とは呼べません」…三鷹バス痴漢えん罪事件・控訴審始まる
JUGEMテーマ:日記・一般

バスの車載カメラにメールを右手で打ち、左手で吊革につかまっているのが記録されていがら、痴漢をすることは「容易ではないが著しく困難と言えない」と常軌とは思えない判断を裁判官にされて有罪判決を下された津山さん。その控訴審第1回公判が先月28日に東京高裁で開かれました。

42の傍聴席に対して162人が並び注目度の高さを示していましたが
マスコミ席は一席もなし。いかにマスコミが冤罪というものに無関心であるかを象徴していました。

裁判長による人定質問のあと、弁護側の控訴趣意の要旨が述べられました。
「被告人は無実。原判決は事実誤認に基づいており、必ず破棄されなければなりません。
第2被害は不可能です」

この第2被害というのは、女子高生が「お尻を撫で回されるように触られた。絶対に手で触られました」と確信に満ちて証言している被害です。
しかしまさに、この「触られた」という時間、津山さんは左手で吊革をつかみ、右手でメールを打っているのがバスの車載カメラに記録されていました。
このことから検察は犯行時間を特定せずあいまいにしたまま起訴しました。

「検察は第2被害の時間を特定せずあいまいにしているがこのことは被告人がすべての時間に対して無実を証明しなければならず、被告人の防御権においても著しく不利である。
女子高生は『バスが揺れたのでよろけると被告人の懐の内側に入りねっとりとお尻を撫でまわされた』と証言している。

車載カメラの画像によると女子高生は21時34分25秒まで同じ方向を向いて立っていたが21時34分25秒ころバス後方に向きを変えている。第2被害は21時34分25秒の直前と考えられる」

さてここで検察感が発言します。
検察:被害者特定にかかわるので、女子高生といういい方も抽象的ではあるが属性を明らかにせず「被害者」と呼べないか?
弁:弁護人は女子高生を被害者として考えていないので「被害者」とは呼べない。
検察:手続き的には被害者がいて被告人がいるのだから被害者と呼んでも差し支えないのではないか。
裁判長:このままで

裁判所は弁護側の主張を認め「被害者」とは呼ばせませんでした。

「被告人は21時32分41秒、交際している女性からメールが入り、右手でそれを確認した。被告人がメールに返信をしたのが21時34分18秒。車載カメラには21時33分03秒から右手で携帯を操作している状況が写っている。被告人が携帯電話をポケットにしまうのが21時34分22秒。
車載カメラによれば被告人は21時33分03秒から34分22秒まで少なくとも携帯を持って操作していた。21時34分25秒の直前に女子高生のいうような痴漢をする余地はありません」

弁護側は女子高生の証言に言及します。

「女子高生は第2被害の時に被告人は『左手で吊り革をつかんでいたと思う』と証言している。
原審でのやり取り
女子高生『被告人の左腕が吊り革につかまっていました』
検察『右腕はどうなっていましたか』
女子高生『わかりません』
翌日行われた実況見分写真でも右手で尻を触っている状況を再現しています。
21時34分14秒〜34分20秒までバスが左に大きく揺れました。

34分17秒〜20秒まで被告人の体が女子高生にあたっていてここで右から左へ揺れ戻ります。34分18秒 被告人の左手は吊り革をつかまっている。

33分49秒から34分24秒まで被告人が吊り革につかまっている状況はつながりからも確認できる。
原判決も右手で携帯を持っている状態は認めています。
しかし原判決は『33分52秒〜34分12秒まで吊り革をつかんでいるのは確認できるがそれ以外の時間は不明である。だから痴漢はできる』としています。
原判決は女子高生が『左手で吊り革をつかんでいた』としているのは痴漢の始まったころと限定して解釈しているが特に根拠は示されていない。

第2被害が始まったころ左手は吊り革をつかんでいた。つまり痴漢は左手で行われたのではないとしている。その一方で右手は携帯を操作していた。原判決の説示は痴漢が始まったころ両手がふさがっていたことを認める矛盾をおかしている」

原判決は「女子高生が『被告人が左手で吊革をつかんでいた」のを見たのは「痴漢行為が始まったころだ」と言っていてなおかつ、その時間はメールを右手で打っていたことを認めているわけです。じゃあどうやって痴漢をしたんだ?この疑問に一審判決は何一つ答えていません。

弁護側は続けます。

「痴漢をすることは不可能である」

「また原判決は『揺れるバス車内で吊り革を離し、左手で痴漢をすることは容易ではないが著しく困難とまでは言えない』としている。

『容易ではない』と認めているというのはそれだけで合理的な疑いがあることになる。
原判決の説示は単なる想像による可能性に過ぎない。
原判決の言う犯行態様は『バスの揺れで倒れ込みながら右手で携帯を操作し、あえて左手を吊り革から離し、お尻を撫でまわす』というもの。

そもそも吊り革をつかんでいなければ元の位置に戻ることは不可能。違う二つの動作を同時にすることもできない。メールをしながら倒れないようにしながら、お尻を撫でまわすというおよそ経験則に反する想像から神業を被告人に押し付けた」
確かに神業です。

裁判所は有罪にするためには常人ではできないようなことを平気で人に押し付けるのです。
たとえば沖田国賠訴訟では、ヒールを履いた状態で179センチもある女性が「腰に陰部を押し付けられた」と被害を主張していましたが、沖田さんは身長160センチそこそこ。とても陰部は腰に届きません。すると裁判所は「吊革につかまって伸びながら陰部を押し付けた」としました。そんな目撃証言はどこにもなく検察も主張していないのに、です。

また小林さん事件では「膠原病で手に物がふれると拷問のような痛みを感じる」から「膣の中に指を入れるという犯行は不可能」と主張する弁護側に対し「不可能ではない」として有罪判決を下しています。

頼むからやってみてくれ。

「被告人の姿はバスの左右への揺れにより一瞬見えなくなることはあるものの23時33分49秒〜34分24秒までは吊り革をつかんでいたと考えるのが妥当である。

原判決は判決文の最初に女子高生の供述要旨だけを取り上げ信用性が高いと結論付けているが車載カメラの映像を一切検討せず早々と結論付けるのは論理則にも違反している」
続いて弁護側は被害者の勘違いである可能性を指摘します。
「第一被害後、女子高生が振り向くと『被告人があまりにも何もしてない様子だったので私の勘違いかなと思った』と供述している。
これは確信度の低さを示している。

女子高生は第2被害後、『よろけて犯人の懐にすっぽりと入った。とても怖くて体全体に恐怖で鳥肌が立った』と証言している。
このような状態で正確な状況確認ができたとは言えない。

原判決もこういっている。

『被害者は痴漢被害にあってから恐怖感と不快感でその状況を正確に記憶することができず、勘違いがあったとしても不思議ではない』

原判決はこういった論理を都合のいいようにつまみ食いしている。

被告人が腹側にかけていたリュックがお尻にぶつかったと考えられます。
リュックの過度の高さと女子高生の臀部の高さがほぼ同じでした。
バスが揺れて被告人が女子高生にぶつかっているのが確認できます。
女子高生の言う第1被のときに両者の位置は人一人が入れるくらいの距離がある。
しかしバスの揺れとともに時々両者が接近している。その時にリュックがぶつかっている。
女子高生も『勘違いしたのかなと思った』と供述している。

女子高生のいう痴漢態様とバスの揺れがおおむね一致している。
女子高生は目視はしていない。触覚だけで判断しています」

さらに臀部の触覚の鈍さを指摘します。

「原判決は臀部による識別困難性を排斥している。
臀部が識別感覚の鈍いことは原判決も認めている。問題はどの程度、感覚が鈍いことを認識しているか。
二点弁別閾値、つまり2点で触られていることがどのくらい2点間に距離があれば識別できるのか?というデータでは最も敏感な手のひらで0.22僉⊂縅咫背で6.75

厳島鑑定ではリュックと手の識別可能性は鑑定の結果「識別困難」とされた。しかもこの実験では被験者はズボンと下着の2枚の状態だったが女子高生は当時4枚の重ね着をしていた。正確を期すために160回にわたる鑑定をした。
リュックの接触と手の痴漢行為と正確に見極める可能性は1/2にも届かない。

モノによる触り方でも手と勘違いされる可能性は高い。
原判決は『1回であれば勘違いの可能性があるが複数回接触した場合では勘違いする可能性はない』としている。厳島第2鑑定ではこの点も鑑定したが臀部において、識別可能性は偶然確立25%程度と結論付けている。つまりあてずっぽうに言ったのと変わらない。回数を上げても正答率は向上しないということである」

そして女子高生の証言の変遷についてです。

「女子高生の証言は
『指2本くらいかな』『指の腹です』
『指4本です』『手のひら全体です』と、あいまいどころか具体的詳細すぎる供述に変遷している。
一般に記憶というのは時間経過ととも減衰していくのだが
捜査段階で『手、あるいは手のひら』と言っていた被害状況は
公判ではより具体化詳細化していく。
具体的詳細だからと言ってそれが信用できると判断するのは間違いです」

そしてこう続けました。
「原判決は独自の知見のみで判断した独りよがりというほかありません。
第一被害も場所時刻の特定もなく
女子高生のいう場所付近では痴漢の様子は全くなく
女子高生と被告人の距離は人一人分あいている。
この距離では手の届くのは背中までで、お尻には届かない。
かがめば届くが、接近した様子もかがんだ様子もない。
吊り革を右手で持っている。

女子高生は『第2被害は絶対モノではない』と断言しておきながら勘違いしているわけだから
第1被害はなおさら勘違いの可能性が高い。
原判決は『被告人が女子高生に近づいている場面がある。その時に痴漢をした可能性がある』としている。可能性から痴漢行為をしたという飛躍をしている。

女子高生は『バスの揺れに合わせた感じでその感触もお尻に押し付けられる感じがしました。必ず揺れに対応していた』と証言している。
バスの中で稲穂が風に揺られるように乗客が揺れている中で、被告人と女子高生が接触しているにすぎない」
津山さんは繊維鑑定でも「シロ」でした。

「科捜研の鑑定で被告人の手のひらに繊維の付着は認められなかった。
女子高生のスカートを触って2.5時間という本件よりも長い時間をおいて鑑定したところ右手左手に各7本、8本の繊維の付着が認められた。

女子高生のスカートの繊維は手に引っかかりやすい材質のもの。
科捜研の鑑定結果は被告人の無実を推認させるものです。
原判決は『付着しないこともありうるので被害者供述の信用性を左右しない』としているが、机上の抽象論だけで片づけたものである」

弁護側は原判決をこう糾弾しました。

「原判決は徹底的に誤っています」

これに対して検察側は「ビデオ鑑定は映像の鮮明化の処理などをせずに不鮮明なままされたもので主観に基づくものだ」と主張しています。
検察官全般に教えてあげたいのですが裁判では有罪の証明は検察官に求められるものであり、弁護側に無罪の証明は求められていません。検察官の立証に合理的な疑いがさしはさめれば、それで無罪になるんです。

つまり、ビデオの画像が不鮮明で主観に基づくものだと主張するのであれば、検察側が鮮明化の処理をして、きちんと痴漢をやっている場面を指し示すとか、弁護側の主張を間違っていることを証明すべきです。

このビデオ画像を見て、携帯でメールを打っている場面ではないと不鮮明な画像をみて主張しているのであれば、それこそ「主観に基づくもの」以外の何物でもありません。
誰か検察官に裁判の原則を教えてあげてくれないでしょうか?
そしてまたディレクターという職業を生業にしている僕から言わせてもらえば、画像の鮮明化などという技術を僕はいまだかつて拝見したことがありません。

元データが最も情報量が多いのであり、画像を明るくしたところで、それは全体が明るくなるだけで鮮明にはなりません。画像の鮮明化などという技術があったらぜひ紹介してもらいたいものです。
検察というのは自分が無知ということを知らない方々なので専門家からすればちゃんちゃらおかしいことを堂々と主張します。そして裁判官も自分が何も知らないということを隠して知ったかぶりをして判決するものだからたまったものではありません。

こうして、専門家でない素人判断が冤罪をたくさん生み出しているのです。だれか検察や裁判所に「謙虚」という言葉の意味も教えてあげてほしいものです。
今回の控訴審でも検察は全くどうしようもないということだけははっきりしました。
 
 
posted by iwajilow | 11:38 | 痴漢冤罪?の恐怖 | comments(6) | trackbacks(1) |
無罪が、確定しました
JUGEMテーマ:日記・一般

このブログでずっと報告させていただいていた
某国立大学准教授の巻き込まれた痴漢えん罪事件。

http://blog.iwajilow.com/?eid=1071785

今朝、ご本人から「無罪が確定しました。ありがとうございました」というメールをいただきました。

事件が発生してから2年
長く辛い時間だったと思います。

特に一審で有罪判決が下されてからというもの
絶望の淵を歩いているような気持だったと思います。

本当にお疲れさまでした。

これは想像ですが
時には自暴自棄になり、家族がバラバラになる危機に
何度も遭遇しそれをなんとかギリギリの状態で乗り越えてきたのだと思います。

職業裁判官にとってはなんてことのない事件、
こんな軽微な事件で自分の出世に傷をつけてはいけない
あるいはここで検事に恩を売っておこうとか
その程度のものなのかもしれません。

でも被告にとっては一生を左右するもの
自分の人生をかけた戦いなのです。

僕もテレビディレクターという仕事を生業にしていて
時々、勘違いをしてしまうのですが
僕にとっては日常業務でも
それが企業にとってはまたその人の人生にとっては
大きな影響を与えてしまうこともあるのです。

そのことを自覚し、一つひとつの事案に真摯に向き合うことが
出来ないのであれば、そういった仕事をする資格はないと思います。

この時の一審を担当した多和田隆史という裁判官は
一審の訴訟指揮でもものすごく検察官よりでした。
そして他の裁判でも検察官よりの姿勢が良く見られました。

えてしてこういう裁判官は異動でも地方に飛ばされることなく
都心から近いところに行くといいます。
そしてこの裁判官も異動がありましたが
さいたま地裁にいます。
控訴審判決で「被害者証言は裁判の誘導によるもの」
と非難されてもびくともしません。

その一方で今も多くの方が痴漢えん罪事件を闘っています。
仕事を休職し、経済的にも追い込まれながら
崖っぷちの闘いをしています。

Nさんの判決が多くの人の勇気と希望です。
この判決の火を消さないために僕らに出来る事は
裁判を常にチェックし続けることだと思います。





 
posted by iwajilow | 12:26 | 痴漢冤罪?の恐怖 | comments(1) | trackbacks(0) |
逆転無罪!…国立大学准教授痴漢えん罪事件
JUGEMテーマ:日記・一般

すでに報道されていますが、大学の先生の痴漢えん罪事件、昨日逆転無罪判決が出ました。



痴漢に問われた東大准教授、2審で逆転無罪判決

読売新聞 7月25日(木)12時30分配信
 通勤中の電車内で女性の体を触ったとして、東京都迷惑防止条例違反(痴漢)に問われた東京大学准教授の男性被告(46)の控訴審で、東京高裁(山崎学裁判長)は25日、「被害者の証言には変遷があり、被告を犯人とは特定できない」として、罰金40万円とした1審・東京地裁判決を破棄し、無罪の判決を言い渡した。
 被告は一貫して無罪を主張。控訴審では、被害者の「犯人の手をつかみ、振り向いて顔を確認すると被告だった」とする1審公判の証言の信用性が争点となった。
 この日の判決は、犯人の手をつかんだ状況を巡り、被害者の証言に変遷があると指摘。「被害者は裁判官の誘導尋問に沿って答えを出しているに過ぎず、信用性に乏しい」として、証言に高い信用性を認めた1審判決には賛同できないと結論づけた。


判決は午前10時からだったのですが、10時前に着いたと思っていたらすでに裁判は始まっていました。あれ?どっちなの?と思って弁護士さんの方を見ると目が合いました。弁護士さんは黙ってうなずきました。その表情から「勝った?」と思いました。
そうです。Nさん、逆転無罪判決!でした。

http://blog.iwajilow.com/?eid=1071763
裁判長は「被害者が痴漢行為にあったという証言は具体的、自然であり迫真性もあり虚偽供述の疑念がないことは明らか」と女性が痴漢被害にあったことについては認めました。

しかし犯人の特定については
「痴漢行為にあったことについて信用性があるとしてもただちに痴漢犯人を被告人としたところまで信用性があると言えない。痴漢犯人の特定には極めて慎重に検討する必要がある」と極めてもっともな判断をします。

裁判官が注目したのは供述の変遷です。
警察官調書では「お尻を触っている手を自分の手でつかみ、振り返って犯人を見た」としている。ここにはその後に出てくる。バックとカーディガンを持ち替えたこと、いったん手を離して再び手をつかんだこと、最初左から振り返って体勢がきつかったのでもう一度右から振り返ったことなどの後に検察官の取り調べなどで供述されている部分への言及がないと指摘。

犯人を特定した根拠についても欠落しているとします。犯人特定の理由については一審の裁判官の補充質問が根拠とされていましたが裁判長はこの一審裁判官の補充質問について疑問を呈しました。

「掴んだ指から肩までつながっているわけだけど、あなたがつかんだ手から肘、肩とたどって顔を確認したのですか?」

というような質問が5回ほどありましたが、そのすべての質問に対して女性は「はい」と答えるのみだったことに注目します。

そして「裁判官の質問は答えを暗示しており、典型的な誘導尋問の繰り返しであり、答えは信用性が乏しいと言わざるを得ない」と一審判決を批判。

「痴漢犯人を特定する重要な場面であり一貫しているとはくみしない」とし「合理的な疑いを超えて犯人であるという証明はない」と無罪判決を言い渡しました。

判決後、笑顔の弁護団、そして何度も頭を下げるNさん。ご兄弟の方も目を真っ赤にしています。本当に良かった。

Nさんはただ「ありがとうございました」を繰り返していました。主任の宮村弁護士は笑顔で「ホッとしました」と言っていました。

最初にこの裁判を傍聴した時に宮村弁護士の言っていた「絶対無実です。絶対無実です」という信念が裁判長を動かしたのだと思います。



 
posted by iwajilow | 09:58 | 痴漢冤罪?の恐怖 | comments(5) | trackbacks(4) |
Nさんは犯人ではありません…総武線痴漢えん罪事件・控訴審結審
JUGEMテーマ:日記・一般

逮捕当時から一貫して無実を主張し続けてきた某国立大学准教授Nさんの控訴審が昨日、結審しました。

被告人席に座るNさんはいつもと同じ黒のスーツに白のワイシャツに濃紺のネクタイをしていました。両手を膝の上に置き、背筋を伸ばす姿は誠実そのものと僕には見えます。目が合うと軽くお辞儀をしてくれます。本当にまじめな方なんだなと思います。

裁判長が開廷を告げ、弁護人の最終弁論が始まりました。

「被害女性は当審の証人尋問で『バックを持ち替える前に左手でつかんだ犯人の指から肩までをつながりで見ました』と証言しました。これは客観的な状況に合致しているのでしょうか?犯人の指から肩までをつながりで見たのなら語るはずのことを語ったのでしょうか?」

弁護側は被害女性の犯人を特定した状況に的を絞って弁論を進めます。以下、メモできた分だけですが紹介します。

「電車内で被害者の周りは前後左右の乗客と体が触れ合うほど混雑していました。被害者の背中は後ろの乗客の上半身に触れていました。バックとカーデガンがほかの乗客の間に挟まっている状況でした。こういった車内で被害者は『Nさんは真後ろにいた』と証言していました。

しかし、Nさんは当初から一貫して、女性の右後ろに立っていたと証言しています。

女性は最初、右時左から振り向いたものの振り向く姿勢がきつかったので右から振り返ったと証言しています。

左よりも右から振り返ったほうが見やすい位置。つまりNさんは右後ろに立っていたと考えるのが自然です。

被害者が立ち会いのもとで行われた実況見分の再現写真では被害者もNさんは右後ろに立っていたと説明しています。被害者のNさんは真後ろに立っていたという証言は信用できません。

被害者は左手で犯人の手をつかみ上半身をひねって、左から後ろを振り向いた。左から振り返った時に足を組み替えていないと供述しています。

前後左右の乗客と体が触れ合うほどの混雑状況で、左手をつかんだ右後ろに立っている指から肩までたどってみることができるのでしょうか?

自分の肩や腕で視界が遮られてしまうのではないでしょうか?

事件当時の客観的状況に照らせば、客観的に不可能です。

被害者が本当に見たのであれば、語られるはずのことを語っていません。

第一審で被害者は『犯人の手のひらが臀部にあてがわれた』と言っています。これは地面から約73センチの地点でした。当時Nさんは膝を痛めていて膝を曲げ続けることはできませんでした。

周囲の乗客と触れ合うほど混んでいましたから、足を開くこともできない状況でした。この状況でNさんが膝を曲げないで73センチのところに手のひらの真ん中をあてると、左肩が傾く状況になります。
被害者の臀部を触っていたとするとNさんは左肩がかなり傾いた体勢を取っていたことになります。
そして被害者は指をつかんだ後に引きぬこうという動きはなかったと供述しています。するとNさんは指をつかまれた後も上半身が傾いた姿勢を取っていたことになります。被害者が左から振り返った時に傾いた体勢を見ることになります。

しかし被害者はNさんがこういった体勢を取っていたということは一度も言っていません。
第一審で被害者は『犯人の指をつかんで持ち上げた』と言っていました。しかし被害者が犯人の指を持ち上げたということは供述調書でも当審でも言っていません。信用することができません。

仮に犯人の指を持ち上げたとしてもNさんの傾きがなくなることはありません。被害者が指を持ち上げたならかえって指が引っ張られ、より傾くはずです。被害者は『指を引き抜くような動きはなかった』と供述しています。

被害者がNさんの上半身が傾いている体勢を見たのなら挙動不審と感じたでしょう。しかし当審で裁判官より被害者に『具体的にどこが挙動不審に見えたのですか』と聞かれても上半身が傾いていたとは言っていません。

被害者が左手でつかんだ指はNさんの指ではありません。

被害者はもう一つ語っていないことがあります。

供述調書に『指からのつながりで肩まで見た』ということが欠落している理由です。

Nさんは当初から左手首をつかまれたと言っています。

捜査官はバックを持ち替えるより前にどうやって犯人を特定したのか注目していました。

しかし3週間後の供述調書に『指からのつながりで見た』という供述はありません
当日の供述調書には『後ろを振り返って確認した』となっています。
2回振り返ったという供述もありません。

原判決は事件当日から同じ説明をしていたが取調官が書かなかったと説明をしました。

しかし当審で被害者は『事件当日から2回振り返ったと説明していたのですか』という質問に対して『わからない』『覚えてない』と答えています。

原判決は前提を欠いています。

被害者が本当に見たのなら語るはずのことが語られていません。

被害者は痴漢被害にあった時にNさんの様子が挙動不審だと言っていました。
しかし何が挙動不審かどうかは人によって違います。考え事をしていたNさんにとって普通の振る舞いが被害者にとって挙動不審に見えたのかもしれません。だから指から肩まで見えてないのにこの人が犯人だと思ったのかもしれません。

取り違えなんてしてないはずだと思い込んだのかもしれません。
犯人に仕立て上げるという気がなくても無意識のうちの体験してないことも記憶に付け加えてしまうこともあります。

被害者は本当に見たのなら語るはずのことを語っていません。

Nさんは一貫した供述をしています。逮捕された日から当審まで変遷はありません。客観的証拠との矛盾もありません。

原判決は『腕をつかまれたときに反論しなかったのは不自然だ』としています。しかし満員電車の中で声を出して反論することができるのでしょうか?『私ならできない。あの人ならできるかもしれない』というふうに性格や人柄によって対応は異なるのではないでしょうか?

当審で調べたことを通じて3つの疑問が出てきました。

前後左右の乗客と体が触れ合うほどの混雑の中で足も組み替えず、左から振り返り左手でつかんだ右後ろに立っている人の指から肩までをつながりで見ることができるのでしょうか?

なぜ体が傾いていたことを語らなかったのでしょうか?

事件当日の供述調書に後ろを2回振り返ったということが書かれていないのでしょうか?

これらについて立証は尽くされていません。

原判決は間違っています。
Nさんは犯人でありません。
原判決を破棄しNさんに無罪を言い渡すべきです」

弁護側の弁論のあと、意見陳述を促された検察は
「陳述書の通り陳述いたします」とだけ言って弁論を終結しました。

判決は7月25日 午前10時からです。
posted by iwajilow | 07:22 | 痴漢冤罪?の恐怖 | comments(2) | trackbacks(0) |
触っている指から辿って顔を見ました…満員電車の中で?
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被告席に座る某国立大学准教授のNさんはいつものように黒のスーツに白のシャツ、そして濃い紺のネクタイを絞めて背筋を伸ばして座っていました。

対して証言台に立った女性は茶髪のロングヘア、昔の間違ったテレビディレクターのように白いTシャツに明るいグレーのサマーセーターを肩にかけ、黒のパンツにおそらく7センチのピンヒール。足の爪にもピンクのペディキュア、いまどき珍しく日焼けした両腕に金のブレスレットをつけていた。30代半ばかなぁという感じでした。
 
総武線の中で痴漢をしたとされ、一貫して否認をしていたものの一審で有罪判決が下ってしまったNさんの控訴審。昨日は裁判長は女性が犯人を特定したことを中心ということで尋問が行われました。

http://blog.iwajilow.com/?eid=1071730

今回は裁判所の権限で行われた尋問だったので裁判官の質問からはじまりました。

この女性は最初痴漢だと思い、自分の左手で自分のお尻を触っている犯人の左手の指先をつかみ一度振り返ったあと、いったん手を離します。その後、右手に持っていたカーディガンとバックを左手に持ち替えて、自分の右手でNさんの左手のひじのあたりをつかみました。

Nさんは女性のいう最初の行為、つまり「左手で指先をつかんだ」ことは否定していますが、次の行為、つまり「女性が右手で自分の左手をつかんだ」ことは認めています。

実はこのNさんの否定している最初の「左手で自分を触っている犯人の指先をつかんだ」という証言は女性の一番最初の取り調べ調書には出てこないんですね。その次の検事取調べから出てくるそうです。裁判長もそのことを質問していました。

―左手を下げていって、犯人の指先をつかんで離したという話は警察官にも検察官にも言いましたか?
「はい」

―9月17日の員面調書(警察官の取り調べ調書)には2回という話が出てこないのだけど、これはどうしてかわかりますか?
「記憶にないです」

―その調書を示しますね。私は痴漢されていると思いました。自分の左手で犯人の手をつかんで振り返りました。そしてそのあと、犯人に向かって「やめてください」と言いました。すると犯人の男はものすごく小さな声で「すいませんでした」と言いました。
これ2回つかんだというふうにはなってないように感じるだけど警察官にも2回と話したんですか?
「確かな記憶はないですけど」

―2回つかんだということは間違いないですか?
「間違いないです」

―あなたがちゃんと言ったにもかかわらず、警察官が書かなかったのか?それとも2回というふうに言わなかったのかどちらなんでしょうか?
「説明する段階からこまごまと説明しているんじゃなくて、流れの中で細かくお話ししたので…」

この3週間ほどに取られた10月7日付の検察官調書では「2回」となっているそうです。

Nさんは自分の手を下げていたところをつかまれたといっています。女性は2回つかまれたと言っています。この違いがなぜ問題なのか?

2回目にNさんをつかんだ時には彼女のお尻にNさんの手は触れていなかったわけです。つまりNさんを犯人にするのであれば、女性は自分を触っているNさんの手をつかまないといけません。

さて、では彼女のつかんだ手は本当にNさんの手だったのか?裁判長はそのことも質問しました。

―(手を離していますが)あなたの掴んでいた手はずっと犯人の手だったと確信できますか?
「はい」

―どうして言えますか?
「ちゃんと私は確認しました」

―その確認した中身を教えてください
「手をつかんだ時点から私は触れている人以外の手をつかんでいません。間違ったらいけないと思い慎重になって触れている指をつかみました。確認するときは指からたどって顔を確認しました。

―指からたどったというのは?
「下からたどって犯人を確認しました」

―どうやって確認したのですか?
「視線でたどりました」

―手を一度、離しましたが、同じ手をつかんだと言えますか?
「はい」

―それはどうしてかな?
「顔の特徴が同じでした」

―根拠は顔を見たということですか?
「はい」

―どういうして同じ顔と言えるんですか?
「失礼かもしれませんが、とても挙動不審と言いますか、様子がおかしい感じで私の中では特徴のある感じだったのでわかりました」

スーツにネクタイというNさんのスタイルは、Tシャツに肩からサマーセーターをかけて証言台に立つこの女性からすれば奇異に映るのかもしれません。立ち位置が違えば見える風景は違うんだなぁと改めて思いました。

別の裁判官の質問がありました。

―挙動不審ということですが、どう挙動不審だったのですか?
「目がずっと泳いでいるというかずっと一点を見て目がきょろきょろして顔も小刻みに震えていました」

さて、「一点を見て目がきょろきょろしている」という状況がよくわかりません。本当にこういった様子を見たのでしょうか?

そしてもう一つ、この女性は「指からたどって犯人の顔を確認した」と証言しています。これは大いに疑問に感じました。それはこの後の弁護人からの質問で矛盾点が浮き彫りにされます。

―錦糸町駅から乗られてホームから後ろの人に押されるように電車に乗ったと以前証言されていましたが、間違いないですか?
「はい」

―背中に後ろの人が当たる感触があったと言っていましたが、それでいいですか?
「はい」

―電車の中で体が触れあうような感触はありましたか?
「はい。私はくっついていればなるべく触れないようにしていました」

―当時、隣の人と肩と肩が触れ合うくらいの混雑具合だったと言っていましたがそれでいいですか?
「はい」

―後ろに乗っていた人の胸が背中にくっついていたと言っていましたが、そうですか?
「はい」

―あなたはバックとカーディガンが人と人との間に挟まっていたと言っていましたが、それは本当は自分の方に持ってきたかったのだけれども、混んでいたのでしなかったということですか?
「はい、無理やり引っこ抜くのもあれだったので、様子を見ようと思いました」

この混雑具合で果たして自分のお尻を触っている指からたどって、犯人の顔にたどりつくことができるのでしょうか?この混み具合で自分のお尻を見ることすらできないのではないかという疑問がわきます。この女性はどういう体勢でお尻に触れている指から顔までたどったのでしょうか?

―あなたは左手で犯人の指をつかんだ時に、左から後ろを見たということですが、この時に足を組み替えたり、足を動かしたりした覚えはないと言っていましたが、それでいいですか?
「足を動かしかどうか、記憶がありません」

―左から向いて、その後、バックとカーディガンを右手から持ち替えて、向きを変えたんですね?
「左手で最初につかんでそのあと、体勢を変えています」

―最初に左から振り返って犯人の顔を確認したときに目があった記憶はないですね?
「はい」

―びっくりした様子も特になかったということですね?
「はい」

―あなたのほうを見ることもなくほかのところを見ていたんですね?
「はい」
本当に指からたどって、犯人の顔を確認したのでしょうか?
女性は「振り返って顔を見た」と言っています。
本当に指が見えたのか甚だ僕には疑問です。

検察官の質問です。どうしても最初につかんだ指はNさんの指ということにしなければなりません。
―あなたは最初に犯人の指をつかんだ時に握るようにつかんだのですか?それとも上から抑えるようにつかんだのですか?
「ぎゅーっと握るようにつかみました」

続いて核心部分です。
―指先から肩、顔とたどったんですか?
「はい」
―その時の目線を再現してみてください。

この時、裁判長の怒ったような声が響きました。
「再現できませんよ、そんなもの。どうやって調書に載せるんですか?無駄な質問は止めてください」

検察側の質問はここで終わってしまったように思います。

さてこの「注意」をどう見るか、僕には裁判長の気持ちのように映ってしまったのですが、弁護士さんは「あまりいい方には解釈しないようにしています」と話していました。

さてこれで控訴審の証拠調べが終了しました。

そしていよいよ次回6月25日が結審です。



※結審9月25日→6月25日に訂正しました。すいません、間違えていました。



 
posted by iwajilow | 09:34 | 痴漢冤罪?の恐怖 | comments(5) | trackbacks(1) |
冤罪被害者・家族の思い
JUGEMテーマ:日記・一般

「不当判決です」
先週の金曜日、友人からまた不当判決を知らせるメールが入りました。

この日はJR琵琶湖線痴漢えん罪事件の控訴審判決でした。

以前、このブログでも紹介しましたが、この事件、被害者もいない、しかもウソの目撃証言で学校の先生が逮捕されたという事件です。

http://blog.iwajilow.com/?eid=1071509

ところがどっこい、地裁で有罪判決が下され、この国の司法はどこを向いているのかをまざまざと見せつけてくれました。

http://blog.iwajilow.com/?eid=1071518

そして、今月24日、高裁の判決が下されました。
警察や検察の補完機関としての役割をきっちりと果たした地裁の判決をそのまま維持、
見事に控訴を棄却されたそうです。

僕は何年も裁判の傍聴をしていますが、そのうえで確実に言えることは
この国の裁判所には僕が考える「正義」はないということです。

裁判所というのはまさに公務員のあり方を象徴しているお役所です。

公務員とは何か?公務員とは「国」に忠誠を誓った人々です。
この時の「国」というのはまかり間違っても「国民」ではありません。

彼らのいう「国」というのは「国家機関」つまり自分たちの所属する「役所」のことです。
ですから「国」を守るためには何でもするのです。

なぜ「国」を守るのか?それはそれが彼らの「正義」だからです。
彼らにとっての「正義」とは秩序を守ることです。

秩序とは何か?それは法の執行官である公務員、例えば警察官や検察官を守ることです。
彼らが間違っていると判断したら、秩序がガラガラと崩れてしまいます。
警察官や検察官がインチキだったら、誰がこの国の法を守るのでしょうか?
だれがそういうインチキな機関に対して税金を払うのでしょうか?

警察官や検察官がやっていることは正しいんですよ。だから警察官や検察官に従いなさい、国はちゃんとあなたを守っているんだから税金をきちんと納めなさい。そのために一生懸命身を粉にして働きなさい、と庶民をコントロールする一翼を担っているのが裁判所です。

裁判所とは「国」のやることは「正しい」とお墨付きを与える認証機関です。
「官僚無謬主義」を保証するために存在する機関といっていいのだと思います。

判決を見ていればよくわかります。
国のやること、言い分に異を唱えず、ご無理もっとも、私が悪うございましたと言っていればそれが口先だけであったとしても、寛大な判決をありがたく頂戴できます。ところが国のやることに異を唱えれば、あるいは糾弾なんぞしてしまえば、お前は何を言っているんだ?反省の色もない上に、お上のやることにたてつくとはけしからん、と重罪に付されます。

そもそも裁判所というのは国の機関です。国の機関が同じ国の機関の非を認めるはずがない。そこをマスコミを使ってあるいは教育、授業や教科書を使って、「正義」があるように上手にマインドコントロールしているわけです。
教育というものも国の機関が仕切るわけですから、真実なんて教えるわけがない。
マスコミにとっての商売のネタは情報ですがその最大の情報源は国ですから、自らその情報源を不機嫌にさせるようなマネをするわけがない。

時々、国のやることに異を唱える「無罪判決」などが出たりしますが
これは、さすがにここまでやったら暴動が起きるだろうということを抑えるガスに抜きに他なりません。

ではもし国のやったことは間違っていると認めさせるにはどうしたらいいのか?それは暴動が起きるほどの理不尽さをつきつけるしかないのです。
そんなこと個人の力ではほぼ不可能です。

でもね、僕はこう思うんです。
必ず真実は勝ちます。そして勝ち負けを判断するのは決して国の機関ではありません。一人一人の心です。自分自身が誇りを持って生きていけるのか。恥ずかしくない生き方をしていると誇れるのか。自分は精一杯やったのか。

裁判官と自分とどちらが誇り高い人間であったのか。国の判断よりも一人一人の国民の判断の方がよほど尊い。家族の絆の方がよほど尊い、そして国家の犬たちに決して屈しないご本人の心の方がよほど尊い。

帝銀事件の平沢貞通さん、飯塚事件の久間三千年さん、ハンセン病藤本事件の藤本松夫さん、三崎事件の荒井政男さん、三鷹事件の竹内景助さん…彼らの闘いは今も多くの人に記憶されています。そして今も闘い続けている袴田事件の袴田さん、名張毒ぶどう酒事件の奥西さん…。検察官や警察官、裁判官たちよりもよほど誇り高い。

でも、できればこんな闘いなんてしないで平々凡々に暮らしていきたいと普通は思います。なぜ、自分がこんなことに巻き込まれてしまったのか?なぜこんな苦しい思いをしなければならないのか?自分はそんな英雄になんてなりたくない。普通がいい。平凡な幸せを返してくれ!その苦しさは想像を絶するものだと思います。だからもしかしたら、裁判というよりも自分の心とどう向き合うのかということが一番苦しいのではないかと思います。

理不尽に巻き込まれてしまった時に自分がどう生きるか、家族や友人とどう向き合うのか、そして家族や友人が理不尽に巻き込まれてしまった時にどう支えるのか、人間が問われるのだと思います。

友人を通じて判決後の柿木さんの奥様からメッセージをいただきました。

「高裁判決結果をいわぢろうさんにお知らせしたいのですが理解不能な判決文の具体的内容を私は全く聞いていなかったから説明もできません。傍聴席にはもちろんいましたが動悸がして苦しくて嗚咽していました」

ここから、僕らがどう生きていくのか、が勝負です。
ピンチの時にこそ自分が問われます。

胸張って生きましょう。

柿木さんのブログはこちらです。
http://blogs.yahoo.co.jp/kakigimuzai


 
posted by iwajilow | 09:39 | 痴漢冤罪?の恐怖 | comments(1) | trackbacks(0) |
「被害を訴える女性」という裁判長の表現…控訴審
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日本で最も混雑すると言われている朝の総武線のラッシュの中で
通勤途中に痴漢とされてしまった大学准教授のNさん。逮捕以来一貫して無実を訴えている者の一審では有罪判決が下されました。

http://blog.iwajilow.com/?eid=1071647

そして昨日、その控訴審の公判が開かれました。

昨日は控訴審2回目の被告人質問です。
これだけでも非常に異例です。
僕はこの裁判体は非常に丁寧に審理をしているという印象を受けています。

弁護人から事件に巻き込まれた電車に乗る時の様子を
聞かれたNさん、その時の状況をこう証言していました。

「ホームについた時には電車はホームに入ってきていました。
入ってきた電車の最後尾の車両に乗りました。
後ろの人に押し込まれるようにして乗ってさらに中のほうに押し込まれました。
全身で押されたという感じでした。」

―周りの混雑具合は?
「ギューギューづめで前の人に体が触れていました。
胸が前の人にあたっていました。
後ろの人の体も私に触れていました。
背中が当たっていて左右の肩にも人が触れていたと記憶しています。
隣の人に触れている感触がありました。
ぎゅーっ通されるほどではありませんでしたが隣の人の肩が当たっていました。」
―周りの人に囲まれている状態でどこにもつかまらなくてもバランスは取れている状態でしたか?
「左右に人がいましたので、左右の人の肩にあたってバランスが取れていました」

電車内はかなり混雑していたことがリアルに伝わってきます。

続いて検事の尋問です。
想像力がなく、思い込みだけで犯人を決めている
という検察の体質が良く表れています。
常に高飛車で謙虚に話を聞く姿勢がないというのは
やはり長年のお役人体質なのでしょう。

―誤って手が被害者のお尻にあたったということはないのですか?
「そういうことはないと思っています」
―思う?ないということではないのですか?
「そういうことではないと思います」

―「思う」というと「ない」ということではないと感じるのですが断言できないの?
「100%ないとは断言できないです」

ー過去に痴漢をしたことはないの?
「全くありません」

―痴漢と言われたこともない?
「はい」

―大阪でお金目当てに痴漢と騒いで、そのあとで実はお金目当てだったという事件があったんだけど、知ってます?結構有名な事件なんだけど?
「知りません「

―全く痴漢なんて身に覚えのない状態で、痴漢と言われて手をつかまれたらまず、頭に来るんじゃないの?
「頭に来たりしませんでした」

―なんで?頭に来るのが普通だと思うんだけど?
「まず私はその日、仕事のことで考え事をしていて、そこで手をつかまれたので
最初何が起きたのかわからなくて、そのあとに痴漢ですと言われて気が動転して怒るというところまで至りませんでした」

―先ず腹が立って、「やってない」と主張したくなるのがふつうじゃないの?それを黙っているなんておかしくないですか?
「少なくとも私は気が動転してすぐに言葉にできませんでした」

―「やってない」と言わなかったのはやましいと思っていたからじゃないの?
「違います」

ー怒るよりも動転していた?
「はい」

―身の潔白を証明するよりも動転していた?
「はい」

ーあなた動転しやすいんですか?
「はい、緊張しやすいとは思います」

裁判長は乗った時のNさんの姿勢や、周りの人の状況にいつ気が付いたのか、などを聞いていましたが印象に残ったのはこういうやり取りでした。

―娘さん、おいくつになりました?
「15歳、中3です」

―事件の起きた時は何年生でしたっけ?
「事件当時は小6でした。今、中3になりました」

裁判所は検察が「不必要」とする証拠を全て職権で採用しました。
さらにびっくりしたのは、次の言葉です。

「裁判所としては被害者をもう1回尋問したいと考えています。
『犯人の特定』とい主旨で証言してもらいたい。
職権で召喚しようと考えています」
として再度の「被害」女性への尋問を採用しました。

そしてこの時「次回、『被害者と言われている女性』の尋問を職権で行います」と告げました。

僕は「被害者と言われている女性」という言葉を裁判官が使ったのを初めて聞きました。
そして弁護士の方は「慎重な言葉を使っていますね」と言っていました。
 
また「次が勝負です」とも…。

次回、注目です。



 
posted by iwajilow | 09:10 | 痴漢冤罪?の恐怖 | comments(5) | trackbacks(0) |
世紀のトンデモ判決…「三鷹バス痴漢えん罪事件」
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「不当極まりない判決だ」
「呆れて言葉も出ない」

法廷から出てきた人たちは口々にそう言っていました。

昨日、判決が言い渡された三鷹バス痴漢えん罪事件。
判決は検察の求刑通り罰金40万円の有罪判決でした。

この事件、バスの車載カメラに被告の津山さんの姿が映っていて
その映像から津山さんは痴漢をされたと言われている時間、
ずっと携帯電話をいじっていて、痴漢が出来る時間があったとしても
わずか2秒ということが明らかにされています。

http://blog.iwajilow.com/?eid=1071675

津山さんは左手で吊皮につかまり、右手で携帯のメールを打っていた。

わずか2秒の間に女子高生のいうような執拗な痴漢行為が出来ないことは
客観証拠からも明らかです。

弁護士さんは「あそこまで映像があるのに…」と言っていました。

いったいどうやって有罪判決を下したのか?

裁判官は携帯電話を操作していたことを認めた上でこう言ったそうです。

「揺れるバスの車内で吊皮につかまらず痴漢をすることは
容易ではないが不可能ではない」

これ小林事件と同じです。
指に障害を持つ小林さんが痴漢行為をすれば「拷問のような痛みを感じる」という医師の証言に対して裁判官はこう言いました。
「不可能ではない」

痴漢というのは頑張ってやるものですか?
揺れるバスの中で自分がひっくり返る危険を冒してするものなんですか?
そこまでして痴漢をする動機は何ですか?

津山さんの事件では女子高生は振り返った時に「左手で吊皮に捕まっているのを見た」と言っています。

吊皮につかまっていたじゃないか?
これに対しては裁判官はこう言ったそうです。

「それは痴漢行為の初期のころで終始つかまっていたとは言ってない」

この時間帯、右手では携帯電話を持ってメールを打っていました。
じゃあ、どの手でお尻をなでたのですか?

僕は呆れてものが言えません。
こんな屁理屈で人の一生を台無しにして恥ずかしくないのだろうかと思います。
そして、これが判決としてまかり通ることが信じられません。

ただ、実際裁判というのはこういうものです。

たまにまともな判決があるので、司法はまだ死んでないとか思ってしまいますが
実際はお亡くなりになっていると思います。

まともな判決が出た時に珍しくてたくさん報道されてしまう。
すると一般の人が目にするのはまともな判決だけになってしまう。
だから一般の人は裁判所はまともだという印象を持ってしまう。

しかし実際はまともな判決は珍しいから報道されるだけで
ほとんどの場合、こういったトンデモ判決です。

実際には裁判所は検察の行きすぎにブレーキをかけるどころか
拍車をかけて暴走しています。

そしてこれは今に始まったことではありません。
ずっとずっとこの状態が続いていました。

しかし僕らはあまりに不当判決に対して鈍感になりすぎていた。
それがこの裁判所の体たらくを招いた要因の一つだと思います。

こういったトンデモ判決を広くしらしめて
裁判所はもはや死んでいるということを僕らの共通認識にしていかないと
いけないと思います。

このトンデモ判決を書いた裁判官は
倉澤千巌
といいます。

判決後、支援者を前に津山さんはこう挨拶をされました。
「裁判官は自分の誇りを捨てました。ひどいこと、滅茶苦茶なことを言ってただ有罪にしたいだけでした。
でも僕はこれからも頑張っていきます。
どうぞよろしくお願いします」

津山さんの方が5000倍くらい立派です。








 
posted by iwajilow | 08:19 | 痴漢冤罪?の恐怖 | comments(5) | trackbacks(0) |
『三鷹バス痴漢冤罪事件』結審
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昨日、三鷹バス痴漢えん罪事件が結審しました。

http://blog.iwajilow.com/?eid=1071294

この事件は一昨年の暮れに交際相手とのデートに向かうためにバスにのっていた学校の先生が女子高生に『痴漢』とされ逮捕されたという事件です。

バスには車載カメラが取りつけられており、そのカメラの画像から先生は痴漢をしたとされる時間帯、左手で吊皮をつかみ、右手で携帯電話を持っていた事が分かっています。さらに通話記録からもそのことは裏付けられています。また繊維鑑定でも女子高生のスカート由来の繊維は1本も検出されていません。先生は一貫して無実を主張しています。

客観証拠が無罪方向を示している以上、検察は公訴を取り下げるべきですが、「公共の利益」=「自分たちの権威を守ること」と大きな勘違いをしている検察という組織は公判を維持し、昨日も有罪の主張をし、罰金40万円を求刑しました。

主任弁護人は、「冤罪弁護人」と呼ばれる今村核弁護士です。

今村弁護士が公判終了後、話をしてくれました。

「検察官の論告はごく簡単なもので要するに『女性が触られたと言っている』。それだけです。『リュックの動きを勘違いした』と被告側は主張しているが『リュックと指は間違えない』。それから被告人がバスの中で『何か謝ることありますよね?』と言われて『ゴメン、ゴメン』といったと。これは犯人ならではの行動であると。その後、捕まえられそうになって逃げている。謝罪の手紙を送っている。これが犯人ならではの行動である。要するに事件後の被告人の言動をとらえてそこにウェートを起きた形で有罪を主張しているという極めて簡単な論告であると思います。

この論告の特徴は画像鑑定の結果を全く無視しているという点です。そこについて一言も触れていない。一例を挙げますと、女子高生の供述が『具体的で詳細で、臨場感がある、だから信用できる』と言っています。これは裁判で良く検察官が使う手法で裁判所もそれをそのまま認めるようなところがかなりあるんですけれども、女子高生が場所を移動したことを供述しています。

最初は『私』という場所から『私◆戞◆愡筬』というふうに図面に書きいれています。これはバス後部のステップを上がって2メートルくらいのところに『私』と書いて1メートルくらい戻って『私◆戞△修譴らまた後方に戻って真ん中あたりに『私』と書いてある。それが具体的で信用できると主張しているんですけれども、画像上はそういった移動というのは見当たらなくてずっと女子高生は同じ場所にとどまっているんです。ですからそんな『私』『私◆戞愡筬』なんていうのは具体的で詳細ではあるけれども全然間違った架空の出来事です。それを具体的に詳細であるから信用できるとかいっている論告であると理解しました。

私どもの弁論は画像の解析に主眼を置いたものでした。これは被告人質問の段階から被告人が主張していたことなんですけれども右手に携帯電話をしている。これは画像上よく見れば確かにわかります。それが画像上の時刻で34分22秒の最後のコマまで。1秒に5コマ静止画像に入っているんですけれども、5コマ目まで携帯持っているというのがわかります。

それに対して女子高生が当初立って位置から移動して被告人の方に振り向きなおす。一歩くらいバスの前方に行って向きを90度くらい変えて被告人の方を睨みつけるように移動するというシーンがあります。そのことがはっきりわかるのが34分26秒の最初の一こま。鑑定は34分25秒前後で女子高生が移動したと鑑定しています。ですから先ほどの22秒の最後のコマ、それから25秒での状況を考えますと(痴漢行為ができるのは)23秒~24秒までしかない。

その前に時刻でいうと34分20秒くらいのところで急にバスが揺れて被告人が女子高生にぶつかっているシーンがあるのがわかります。これを契機に女子高生がクルッと場所を変えるわけです。34分23秒~24秒の2秒間で女子高生の言うような痴漢ができるか。しかもねっとりと下から上に数回なであげた。そのうえ1回1回くっついた時間ではなくて、離れた時間で数回なであげられたと言っているんですけどもこれは2秒間では無理です。

2秒間といっても被告人の左手は吊革につかまっている。バスが揺れた時にガーンとぶつかって前の方に行くから画像からはみ出てしまうという時間があります。左手がその時に吊革につかまっているかどうかは映ってないんですけども、それは画像からはみ出した状態でカメラの死角に入っただけで、揺れているのに吊皮を離す人いませんから。右手左手ふさがっていてどうやって痴漢できるんですかということが最大の論点です。

もうひとつ女子高生の供述は捜査段階に比べると公判証言でどんどん詳しくなっていって、公判では指2本が指4本になり、あるいは手のひらで触ったとそういうことがわかりました、という供述になっています。

ですが捜査段階では触られていたその触られ方からこれはリュックではなくて手だなとわかったと述べられているんですけども、指2本と指4本と詳細化しています。これも経過をよく検討すればそのようなことは信じられないということになろうかと思います。

皮膚感覚では元々お尻というのは鈍くて1本で触られた時と2本で触られた時、1点で触られているのか、2点で触られているのかどのくらいの距離を離すと2点に感じるかという計測があるのですが、臀部の場合は5~6冦イ気覆い2点と感じない。近接していると1点と感じてします。なのにそういうことを言っている。しかも公判で詳しくなっていくというのはとても信じがたい話です。

被告人の事件後の言動については全部説明ができるんですね。『ゴメン、ゴメン』というのは、女子高生はマスクをしていたのですが、マスクを付けたまま目がものすごく怒っていた、睨みつけてじっと睨みつけていたんですけども、何か言っている、よく聞こえない、よくわからないけど『ゴメン、ゴメン』と言ってしまった。別に痴漢を謝罪したわけではないんですね。

『痴漢したでしょう』と聞いたのはバスを降りた時の話でその時は『俺は知らん』と言って、もう一回『痴漢したでしょう』と言われて『知らん』と言った。その後に、『こんなところで下しやがって』と女子高生に罵声を浴びせているわけです。そのことを後で教師として公開して罵声を浴びせたことについて謝罪の手紙を書いている別に痴漢をしたことを謝っているわけではないんです。そういうことを逆に検察は利用しながら有罪方向に見せかけているということです」

判決は5月8日です。





今村核弁護士


 
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