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TVディレクターがメディアでは伝えられないニュースの裏側を日々レポート。
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ラーメン屋さんのない島
JUGEMテーマ:旅行
 
きょう、沖縄から帰ってきました。
沖縄は離島にいたのですが、この島にはラーメン屋さんがないそうです。

数年前にはあったそうですが
一時流行ったものの、すぐに飽きられてしまったそうです。

そんなわけで今あるのは、沖縄そばの店ばかりだそうです。

そういえば、以前取材した瀬戸内海の島には
食堂というものが一軒もありませんでした。

ラーメンが大好きというおばあちゃんは
インスタントのラーメンをいつも食べていました。

讃岐にはマクドナルドがあまりないそうです。
みんなおやつにうどんを食べるからだと聞きました。

僕の友人はお昼ご飯を食べた後のデザートにうどんを食べに行っていました。

東京を基準にしてはいけないとつくづく思います。

さて、そんな島で食べた、そばです。
味噌もやしそば。
味噌ももやしも島で作られたものだそうです。
一口食べると口の中に甘みが広がります。

あっさりした味噌ラーメンのようです。

土地土地で土地土地のモノを食べるのは幸せを感じます。


味噌もやしそば750円



posted by iwajilow | 23:59 | いわぢろうの旅日記・沖縄 | comments(0) | trackbacks(0) |
沖縄3日目
JUGEMテーマ:旅行
 
沖縄の島に潜入して3日目。
今日は25℃まで上がったそうです。

長袖を着ていると汗びっしょりになりました。
海はどこまでも青いですね。

posted by iwajilow | 19:39 | いわぢろうの旅日記・沖縄 | comments(0) | trackbacks(0) |
沖縄の朝ごはん
JUGEMテーマ:グルメ

本日はネット環境の悪い所に向かう予定なので
更新できそうにありません。どんなところなんでしょう。

これから出発です。

朝ごはんもきちんと食べました。

ポークがあるあたりが沖縄です。
ではでは。

 
posted by iwajilow | 07:54 | いわぢろうの旅日記・沖縄 | comments(0) | trackbacks(0) |
普通がメガ盛り!迫力の肉そば
なんじゃこりゃ〜っ!

噂には聞いていましたが、想像をはるかに超えていました。

沖縄・那覇は波布食堂の肉そば(650円)の迫力!
3人で食べてもおつりがくるくらいですが、これ普通盛りです。決して大盛りでもメガ盛りでもありません。




さらに、こちらは焼きそば(600円)!



トーフチャンプルー定食(600円)!


見ているだけでどかーん、どかーんと花火が上がります。

ほとんどのメニューが1人前で2人前以上のボリューム。しかし、そこは意地なのでしょうか、老いも若きも男子も女子もみなさん一人で1品ずつ注文しています。二人で1品という注文はしないようです。
苦行僧のような面持ちでそれぞれが格闘していました。

僕も格闘しましたが、道半ばであっさり撃沈。無理無理。。


ご興味のある方、沖縄に行った際にはぜひチャレンジしてみてください。
「とまりん」でないほうの港のすぐそばです。でも「とまりん」からでも県庁前からでも歩いて10分くらいです。

ちなみにソーキそば(650円)は普通のボリュームに感じたのですが、やっぱり肉の量は半端じゃないです。。



波布食堂
沖縄県那覇市通堂町4-22
098-861-8343
11:00〜22:00
定休日 日曜・祝日








posted by iwajilow | 07:52 | いわぢろうの旅日記・沖縄 | comments(0) | trackbacks(0) |
沖縄の写真アップしました
昨日、沖縄から帰ってきました。

今日は宇都宮、明日は長崎と旅から旅への旅烏的生活が続いてりますが
とりあえず帰ってきたので21日から滞っていた沖縄の写真を今日アップしました。

良かったら見てください。

特に酸性猝"の影響は見ていただければと思います。

posted by iwajilow | 21:12 | いわぢろうの旅日記・沖縄 | comments(2) | trackbacks(0) |
強い人から死んでいったさー…集団自決の島で聞いたこと
集団自決の島…渡嘉敷島で生き残ったオバアがその時のことを話してくれました。オバアは数えで18、満で17歳だったそうです。

「(日本)軍が来てからは毎日毎日、壕堀だったよ。今思えば笑っちゃうけど、竹やりで訓練もした。あんなもので戦おうと本気で思っていたんだね。日本が負けるなんてこれっぽちも思っていなかった。米も全部、軍の人にあげたよ。

ある日、住民のところに手榴弾を二箱、住民のところに持ってきたらしいよ。誰が持ってきたのかはよくわからない。

3月、作業していたら飛行機が4機編隊で部落の上を回っていたよ。『あれは敵の飛行機じゃないんですか』と兵隊さんに聞いたら『違う、日本の飛行機が連取しているのだ』と言ったんだ。日本の飛行機だったら、日の丸のマークがあるのにないから、おかしいなと思っていたら『日本の飛行機だから心配ない、お昼ご飯食べに行ってきなさい』と。

そう言われてお昼ご飯を食べに家に帰る途中に飛行機から爆弾が落ちてきた。私のお父さんも爆弾の破片にやられてなくなったよ。

(米軍が上陸するという時は)『北山に集まれ』って言われたんだけど、私たちはぐんぐん進んでいく健康で強い人たちに追いつけなかった。それで途中で道をはぐれてしまって助かったんだよ。玉砕場に行けなかったから。助かったのは年寄りや女、子供。強い人とその家族の人たちはみんな死んでしまった。

手榴弾がつかなかった人は棒で殴ったり、首をくくって死んだ人もいるよ。

捕まったら乱暴される、死んだほうがマシだって。私たちは逃げ回って奥山に隠れて終戦になった。

皇軍は絶対住民を守らないよ。困らせるだけ。(北山)に集めたのは軍のところに集めているんだから軍の命令だったんじゃないかと思うよ。もう知っている人はみんな亡くなってしまっていないけど。

米軍の捕虜になって住民のところに『アメリカ軍は殺さないよー』といいに来た住民は『スパイ』だって友軍に殺されたよ。

でもね、天皇陛下を憎いということはないよ。テレビで天皇陛下とか皇太子様とか見るの大好きだよ」


渡嘉敷のビーチ
posted by iwajilow | 20:56 | いわぢろうの旅日記・沖縄 | comments(1) | trackbacks(0) |
軍命があったかは知りません、でも…集団自決の島より
渡嘉敷島に来ています。

那覇から高速艇で35分。波うち際にまで魚がやってくるような澄んだ海に浮かぶ小さな島です。
現在の人口は750人ほどだそうです。


渡嘉敷島のビーチ


この島であの戦争のときに集団自決がありました。
「米軍に捕まったら男は殺され、女は乱暴される。だったら自ら死んだほうがまし」と喧伝され、昭和20年3月米軍上陸のときに
300人以上の島の人たちがなくなりました。

家族で手榴弾を爆発させたり、首をくくったり、「米軍に殺されるぐらいなら自分の手で殺そう」と親が石で小さな子供たちの頭を叩き割ったり、首を絞めたりしたそうです。「お母さん、怖いよー、怖いよー」。そういって死んでいった子もいるといいます。

玉砕場と呼ばれているところには現在記念碑が建っています。
入り口には「ハブ進入防止のため必ず門を閉めるように」という注意書きがあります。



この玉砕場は港から2キロ以上離れています。
バスもありません。メインのビーチからは5キロ以上離れています。
よほど決心しないと訪れることができないところにあるので
島を訪れる観光客のほとんどは、集団自決に思いをはせることなく
帰っていくのだと思います。

僕が行ったときも誰もいませんでした。

さて、その帰り道、玉砕組にいたというおばぁに話を聞くことができました。昭和20年3月、17歳のときだったそうす

「私も玉砕組です。米軍が上陸したので谷の方に逃げました。すると『北山に集まれ』と言われ行きました。西山では村の有力者から『もうだめだから』と言われました。

軍の命令があったかどうかはわかりません。でも手榴弾は配られました。村長さんが『天皇陛下万歳!』というとそれを合図にして、あちらこちらで手榴弾が爆発しました。家族が輪になって真ん中で手榴弾を爆発させるんです。でも爆発しないのもあるんですね。

私ら生き残ったのは、生き残った人たちが『生きれー!』って。それでみんな死んでいる人をよけながら逃げてきたんです」

ちなみに「天皇陛下万歳!」と叫んだ村長さんは家族ともども集団自決することなく生き延びたそうです。


門をくぐったところ


石碑


この藪の奥に谷があり、そこで集団自決が行われたそうです

posted by iwajilow | 17:06 | いわぢろうの旅日記・沖縄 | comments(1) | trackbacks(0) |
辺野古へ行く
昨日、銀座で「辺野古の基地建設計画の白紙撤回」と「普天間基地の即時無条件全面撤去」をアピールするイベントが行われていました。


昨日(23日)・有楽町マリオン前

とても関心が薄くて哀しいですね。

東京にとっては辺野古なんていうのはとても遠いところの話で全然身近でないということなんですが、身近でないから進められてしまうのでしょうね。それは六ヶ所村然りだと思います。

さて先週、沖縄に行ったときに1日だけ辺野古に行ってきました。


沖縄辺野古のカヌー隊

この日の午前中も実は当局側との水中攻防があったそうです。
アセスのためのソナーの取り付けを拒むことに成功したと言ってました。
彼らは、とにかく非暴力で当局側の船を取り囲み、また水中では杭などが打たれる前に身体を入れて、文字通り身体を張って基地の建設を拒み続けています。

彼らは時にはハンマーで殴られたり、水中で首を絞められたり、蹴飛ばされたりするそうです。そういったことがニュースにならないこと自体ものすごく不思議なのですが、これが逆、つまり反対派が当局側のダイバーにそういった暴力行為を働いたらすぐにニュースになるだろうなと思いました。
つまり、情報が権力側に操作されているということだと思います。

反対派の人たちを国の方針に逆らう悪い人たちと思うか、平和主義者と思うか人それぞれアルと思います。けれども現実として、自分のところから飛び立った飛行機がイラクやアフガンの無垢の人たちの上に爆弾を落としています。沖縄戦を経験している人たちにとってはたまらないことでしょう。

お金儲けなんでせんでいいよ、人殺しの手伝いもせんでいいよ、平和に静かに暮らしたいよ、というのが彼らの願いです。その願いを実現するため毎日朝から夕方まで10年間も辺野古の海で座り込みを続けています。そして現在はおじぃやおばぁがカヌーで海に出て海上で工事を阻止し続けています。

人力のカヌーに対し、防衛庁は掃海母船「ぶんご」を派遣したりするんだからものすごいよなー。


ぶんご
基準排水量 5700トン
全長  141メートル
全幅  22メートル
高さ(水面上)  41メートル
喫水  5.4メートル
エンジン ディーゼル(2基)
エンジン出力 19,500馬力
速力  22ノット (時速40繊


反対派のボート




この海一帯が埋め立てられる予定だった。その計画は撤回されたものの新たに沿岸案が計画されている


この鉄条網の向こう側が米軍キャンプ。自分の国の海岸に鉄条網が張られて外国の軍隊が駐留し続けてる状態を占領というのだと思う


カヌーに乗せてもらった。カヌーは小さいので本当に良く揺れる。この小さなカヌーで当局の船を取り囲むのだな。


道では軍用車をよく見かける。他国の軍用車が堂々と走っているというのも占領と言うのだと思う

posted by iwajilow | 09:31 | いわぢろうの旅日記・沖縄 | comments(2) | trackbacks(0) |
神の島へ
「島独自の宗教があり、島外の人間はは立ち入ることもできない場所もたくさんあって、よそ者をよせつけない島なんだ。人口は80人くらいだけど、店も宿泊施設も何もない神の島だ」

僕がまだ大学生でバックパッかーだったときに聞いた話しです。
以来、ずーっと気になっていたその島へ行ってきました。

その島は宮古島の南にある大神島というところです。以前「島の中を見慣れない人間が歩いていると、窓の隙間から覗かれるよ」とも「写真を撮ると追い掛け回されるよ」とも聞いていました。ガイドブックにもほとんど記述がなく、また船が出港する港も宮古島のメインの港ではなく、ちいさな漁港で、怪しさを倍増させます。いったいどんな島なのだろう。。。


島に渡る船


大神島 白く六ホテルのように見えるのは学校だそうだ

早速船に乗り込み、大神島へ向かいます。乗客はおよそ10人、おばぁのグループとテントを張るといっていたおにいちゃん、島の人はいないようです。見る限りでは島外の人を拒絶しているわけでもなさそうです。そして船で15分、ついに大神島に上陸しました。

すると…。


島のメインストリート

さてさて、現在この島は人口30人ちょっと、ほとんどが70歳を超えるお年寄りだそうです。島に唯一ある学校には中学生が一人いるそうです。

それでもかつては人口が300人を超えていたときもあったそうです。


島唯一お金を使える場所…自動販売機

島の南側に「おたき」と呼ばれるところがあり、そこには神様が宿っていて、誰も近づかないそうです。

6月から10月まで祖先祭が開かれ、これが独特の宗教と僕が聞かされていたものだと思います。このときは神女と呼ばれる人が取り仕切り、神様とともに過ごすそうです。


メインストリートを一歩入るとこういった道になる

島の産業は細々とした漁業がメイン、女の人が漁にでるそうです。それと少しばかりの平地に畑がありました。ここには観光化されたビーチも、ゴルフ場もありません。

僕が話しかけた島の人は誰も愛想がよく、ちゃんとよそモノにも話をしてくれました。おばぁに「どこから来た?」と聞かれ「東京からです」というと、「ひぇー」と驚かれてしまいました。

けれども、開発されること、観光で生きていくことを拒否したこの島に、僕のようなよそモノが入ってくるってことはやはり迷惑なのだろうなぁ、とも思います。
が、しかし、車の音が一切聞こえない、波の音、風の音、遠くを歩く人の足音まで聞こえるこの静けさはかなり魅力的でした。


島の交通手段はカートと自転車とバイク





posted by iwajilow | 23:15 | いわぢろうの旅日記・沖縄 | comments(0) | trackbacks(0) |