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役人魂を垣間見る宮下公園国賠訴訟
JUGEMテーマ:日記・一般

現在、東京地裁で宮下公園国賠訴訟という裁判が争われています。
これは渋谷区が宮下公園をナイキパークにしたことでそこに野宿していた人たちが追い出され生存権を脅かされたとして区を訴えたものです。

http://blog.iwajilow.com/?eid=1071094

昨日は12回目となる口頭弁論が開かれました。

いよいよ裁判も佳境に入り、現在は誰を証人として呼ぶかという作業に入っています。

原告側は渋谷区でのこの計画の責任者であった副区長、土木部長、公園課長、副参事、NIKEのマネージャー、設計事務所の代表、計画の中心となった区議2名と原告代表など全部で13名の証人申請をしています。

これに対して、渋谷区側は原告は認めたものの、他は土木清掃部の係長2名で十分という主張のようです。

区はこの係長2名が行政代執行の日などに宮下公園に行ったと主張していますが、実際に行ったと旅費命令簿には書かれていないと、ほとんど関係ないのではないかと原告側が突っ込みを入れると、渋谷区は「旅費が発生していないので、記載がないだけだ」と主張しました。

ところがどっこい、実際に宮下公園に行った他の区の職員は旅費が発生しなくても命令簿には記載されているそうです。

1回くらい記載をするのを忘れたというのならわかりますが、彼らが宮下公園に行ったと主張する5回とも記載がないそうです。

なんで、渋谷区は宮下公園に関係ない証人を申請したのでしょうか?
口頭弁論終了後、弁護士さんに聞くと、
「何も知らないからじゃないでしょうか」と言っていました。

つまり、当事者を呼んでしまうといろいろなことが明らかになってしまう。
けれども一応土木清掃部という関係ありそうで実は何も知らない部の係長を呼んでいて
「知りません」と言わせておけば何も明らかにはなりません。

公園は誰のものかということについてはいろいろな意見があるとは思いますが
この行政の不誠実な態度に役人魂を感じてしまいます。




 
posted by iwajilow | 11:29 | 公園は誰のものか | comments(3) | trackbacks(0) |
閉鎖される公園
JUGEMテーマ:日記・一般

昨日、このブログで何度か紹介している亀戸の堅川公園で
堅川カフェが開かれました。

http://blog.iwajilow.com/?eid=1071629

つい先日も、行政代執行が行われ、おっちゃんたちのことが心配ではありましたが
どっこいちゃんと生きていました。

しかし、現在この公園は夕方6時以降、時には4時には施錠されてしまい
とても不便だそうです。



しかし、何よりもビックリしたのは
公園が完璧に分断されていたことです。



僕はこの公園にどこから入るのかも全く分かりませんでした。
公園というのは誰でも入れて、誰でも休むことができる場ではないのですか?

しかし、江東区は公園の憩いの場という本来の目的を忘れて
ただ、ホームレス排除ためのだけの公園にしているとしか思えません。

野宿者が入ってこられないように夜間閉鎖し
野宿者が入ってこられないようにフェンスを張り巡らし…。

これって公園としての機能を果たしているのでしょうか?
ただ江東区のホームレスに対する憎悪が渦巻いているだけです。

しかし、僕はこれがある意味、行政の姿勢だと思っています。

つまり最も弱い人間に対してはとことん牙をむく。
そして、これは僕らが弱者になった時に行政は同じ姿勢で僕らにのぞむということだと思います。









 
posted by iwajilow | 08:18 | 公園は誰のものか | comments(0) | trackbacks(0) |
公務員に逆らうものはどんな微罪でも逮捕する…竪川弾圧事件
JUGEMテーマ:日記・一般

9日(土)に「竪川弾圧まる1年…行政への抗議を犯罪化するな!無罪を勝ち取ろう2.9大集会」という集会が中野で開かれました。

昨年の1月27日、このブログでもなんどか紹介している竪川公園に住むおっちゃんたちの小屋に対する強制排除が行われました。2月8日に行政代執行が行われました。これはそもそも団交の約束をしていた日だったそうです。これはひどいと、次の日に抗議に行った園良太さんが威力業務妨害罪で逮捕された事件です。

園さんは昨年の2月9日に逮捕されてから、6月14日まで実に3ヶ月間勾留されていました。

そして今回2月6日に検察は園さんに対し懲役1年の求刑をしました。

この行政代執行はそもそも交渉の予定日に行われました。

それ自体、僕は行政の裏切りだと思いますが、行政代執行そのものも相当、暴力的だったと僕は聞いています。


さらに抗議に行くと、担当の責任者は風邪をひいていないと嘘をついて出てこなかったそうです。

担当者がいるのに、「いない」とうそをつくというのも行政が市民の抗議に対して良く使う手です。
これはマスコミの追及にもこの手を使う場合があります。
マスコミも締め切りがあるので、「担当者が不在で詳細はわかりかねます」といわれることがままあります。
重大な案件なのに、携帯で知らせたりしないんでしょうか、と僕は思うのですが担当者にとっては全く重大な案件でないのかもしれません。

これがいかにひどい事件か、まずは弁護士さんのお話から紹介します。

園さんの弁護人の一人である、上杉弁護士は
「そもそもこれが犯罪に当たるのか?」と疑問を投げかけます。

「園さんはそもそもこう特に抗議に行って大きな声を出した。そしてガラスを割ってしまったという点はあるけれどもこれは50万円というお金を出して賠償しているので、すでに罪は償われています(今回もさすがに器物損害では立件されていない。江東区は職員に体を押し付けたと強調していうけれども撮影されたビデオを見ても『ちょっともたれかかった』程度です。

こんなことが犯罪にされたら抗議に行ってちょっと目立ったら誰でも逮捕されて起訴されることになります。行政のいうことには何一つ抗議もせず、本当に静かに静かにおとなしく生きていかなければならない。

江東区や検察の言うように本当家のないクレーマー集団なのか?

彼らは行政に生活の場を奪われてしまった。
行政側の人間は無理やり引っ張りだしテントを破壊し手足を持ち上げて放り出しました。それが許されるのでしょうか?

私有地ならまだしも公園という公共の場所に住んでいる人を強制的に退去させることは国際法上は違法です。なのに日本では全く無視されている。公園というのは日本に住んでいる人たちのためにあるものなのに、そこで生活せざるを得ない人がそこに住んでなぜ悪いのか。

検察も行政も国際人権法を無視している。検察の求刑のなかで『国際人権法は努力義務であり守っても守らなくてもいい』というようなことが書いてあります。『守らなくてもいいんです』といって正当化する人権無視の態度にあきれます。努力義務であるならば守るように努力しなさいということなんだから守った方がいいに決まっています。

江東区の職員は『国際人権法なんて知りません』『ここは日本なんだから国際人権法なんて関係ありません』と言います。日本は国際社会の一部なんだから国際人権法が関係ないなんてことはありません。しかしこういうことを平気で言う、この国の人権意識の低さを現わしていると思います。

こういうことがまかり通ると、人権無視の行政を許容し市民の抗議行動を封じるということを裁判所が後押しすることになってしまいます。これは許されません。こんなことがまかり通ってしまえば戦前の全体主義に舞い戻ってしまうこともあり得ます。

最後の弁論でそういった主張をしていきたいと思います」


園さんの「犯罪」は園さんたちが抗議にいったため本来の業務ができずに警備にあたらざるを得なかった、ゆえに「威力業務妨害」だそうです。
しかし、園さんによれば、そもそも江東区は抗議活動を予測して警備計画書をつくっておりそれに基づいて動いていたにすぎない、としています。
たぶん、その通りなんでしょう。

風邪をひいて対応しなかった責任者はこう言っていたそうです。
「竪川側の人間に恐怖を感じ風邪をひいてしまいました」

園さんはこういいます。
「自分たちが100人以上の人間で押し掛け暴行をふるい放置したくせに『恐怖を感じた』と団体交渉を拒否したことを正当化している」

この裁判ではこういった行政側の証人とともに、竪川の住人、社会学者の「これは普遍的な人権の問題」とする意見などが法廷で採用されたそうです。

しかし、と園さんはいいます。

「最後に裁判官が『反省してますか、もうしませんか』と聞いてきた。どういう背景があるのかを一切無視して単なる暴力事件として扱っているように感じたので、これでは今まで言ってきたことを全部無視して有罪判決が出されてしまうと思って危ないと感じ、この集会を開きました」

判決は2月28日になります。




講演する園良太さん
posted by iwajilow | 09:15 | 公園は誰のものか | comments(0) | trackbacks(1) |
たくましいのだ
JUGEMテーマ:日記・一般

今年になって初めて、堅川に行ってきました。

http://blog.iwajilow.com/?eid=1071585

手づくりの道、手づくりの階段。

どんなに行政側からいじめを受けても
そこには生活する人々のたくましい姿がありました。

以前、パレスチナのガザに行った時、主要道路がイスラエル軍によって封鎖されていました。

ところがどっこい、封鎖している道路を監視する戦車のすぐ脇ではオクラを収穫する農夫の姿がありました。

そして、道路が封鎖されると人々は崖を降りて砂浜を伝って向こう側の地域に移動するのですが、その砂浜では荷物を運ぶためのラバの荷馬車が走っていました。 

強いものに抗いながら生きていくたくましい人々の姿がありました。

今日の堅川公園では、おでんをごちそうになりました。

キャンプしているみたいでした。




手づくりの階段


posted by iwajilow | 22:57 | 公園は誰のものか | comments(0) | trackbacks(0) |
どっこい、ここで生きているぜ
JUGEMテーマ:日記・一般

今月5日、行政代執行が行われた堅川公園。
当時、ここには10人ほどの方がブルーシートのテント小屋を作って住んでいました。

http://blog.iwajilow.com/?eid=1071522

仕事がある時は使われ、仕事がなくなると捨てられるという雇用の安全弁として使われ続けてきた日雇い労働者。

年をとっても、雇用も保険も年金もなく、一人で生きていくしかありません。

以前、ホームレスの方を取材している時にこういう話を聞きました。
「自然災害で家を失った時に公園に避難しますよね。では不況、あるいは倒産といった人災で家を失った時にどうして公園に避難してはいけないのですか」

言い訳程度しか行われていない、行政の貧困対策。例えば3000円でアパートに入れるという対策も2年と期限が切られていました。その期限が過ぎて仕事が見つけられない場合はまたホームレスに戻らなければなりません。しかし、その頃にはもうブルーシートのテント小屋は撤去され、公園はもう小屋が作ることができないようになっているかもしれません。

仕事を見つけられない方が悪い。そうかもしれない。
でもこれまで日雇いの仕事をしてきた60過ぎのおじいちゃんに仕事が見つかりますか?

職業訓練センターに行って訓練を受ければいいという人がいます。
こういう話を聞きました。
「職業訓練センターで教えてもらった仕事は自転車のパンク直しとか、そういった修理。
でも俺、溶接を30年やってたんだよね」

福島原発の避難準備区域から避難してきた方にもこういう話を聞きました。
「仕事があるから戻れっていうんですよ。でもあるのは除染の仕事と瓦礫処理の仕事。僕はずっと保険の外交員だったんです」

小屋はその前に移動していたので全員無事だったと聞いていましたがどうなっているんだろうと思い、今日、堅川公園を尋ねました。


門が閉まった公園入口


すると…公園はフェンスで覆われていました。
ここ公園なのに、誰も入れなくしてどうするんだろう???



フェンスで覆われた公園

ホームレスのおっちゃんたちはアルミ缶集めや段ボール集めを生業にしている人がたくさんいます。これでは自転車は入ることはできません。

むしろ、おっちゃんたちの自転車を入れないために、一般人も入れない措置を取っている。
何のための公園なのでしょう?


金網の向こう側にテント小屋

公務員にという方々は何のために存在しているのでしょう。

さて、すごく小さな隙間から公園の中に入ることができました。

おっちゃんたちは健在でした。

「12月5日に行政代執行があってさ、その時はもう小屋は行政代執行がかけられた区域の外に出ていたから、空振りだったんだよ。でも、その時に、このフェンス作っていきやがった。200人くらいで来たよ。

話し合いできないのか?って聞いたら黙っていてさ、口開いたと思ったたら『しません』だって。

でも、正月にはモチつきやるから、来てね」


 

小屋は健在でした。


そして、今年1年「つぶやきいわぢろう」を読んでいただきありがとうございました。
一介のテレビディレクターのページに毎日毎日たくさんの方が訪れていただき本当に感謝しております。取材が甘い部分も、時にはどうしようもない戯言の時もありますが、その点は本業の隙間をぬって書いているということでどうかご容赦ください。このブログの記事が何かを調べたり考えたりするきっかけになっていただければディレクター冥利に尽きます。

来年も僕なりに頑張って書こうと思っております。どうぞよろしくお願いします。
そして皆様にとって来年が良き年となりますように…。
posted by iwajilow | 22:00 | 公園は誰のものか | comments(1) | trackbacks(0) |
堅川公園強制排除に見る行政の精神
JUGEMテーマ:日記・一般

堅川公園のテント小屋に行政が代執行をかけて
排除をしようとしているということで、今朝堅川公園に行ってきました。

おっちゃんに話を聞くと、まだまだ意気軒昂でした。

「今回はこの辺の敷地は全部代執行かけられているから、今引越ししているんだ。
かけられてないところに行くから、この辺からいなくなることはないよ」

公園に野宿者がテント小屋を作ることにはいろいろな意見があるとは思います。

しかし、僕はおっちゃんたちの理屈にも一理あると思っています。
それはこういうものです。

「津波や地震や台風っていう自然災害で家を失くした人たちは公園に仮設建てて住むでしょう。
リストラや不景気っていう人災で家をなくした者がどうして公園に住んじゃいけないんだい?」

世の中、全ての人に仕事がいきわたるわけではありません。
どこかにしわ寄せが来ます。
それは必ず弱者です。

家が貧しくて学校に行けなかった。会社が倒産した。病弱だった。
様々な理由で社会からはみ出てしまった人たちがいます。
その一方で、家柄がいい、という理由だけで何の努力もなく
優雅な暮らしをしているひとがいるのも事実です。

本来、すべての人にチャンスは平等でなければなりません。
しかし実際は政治家の世襲制に見られるように
富の再生産システムは確立されているのです。

であるならば、せめて富の再分配システムをきちんと作るべきですが
そこにもシロアリがたかり、ほとんど機能してないのが現実だと思います。

しかし、行政側は富の再分配システムが機能しているように見せかけるために
貧困問題を自己責任化します。努力しないお前が悪い…。
そしてお笑いタレントによる生活保護バッシングなど福祉にすがってやっと生きている人をありとあらゆる機会を捉えて叩きます。

お笑い芸人の問題よりも僕は「渡り」や「天下り」による税金の無駄遣いのほうがよほど許せません。

ちょっと話がそれてしまいましたが、
僕は行政側によるテント小屋排除というものも貧困問題を覆い隠す一貫であると見えて仕方ないのです。

公園から野宿者を排除したからといって、貧困問題は解決しません。
でも、排除することによって貧困問題がなくなったように見えます。

僕いはこれに原発にも共通する行政の精神を感じてしまうのです。


5日午前10時30分 堅川公園





posted by iwajilow | 12:45 | 公園は誰のものか | comments(0) | trackbacks(1) |
宮下公園の夏祭り2012
JUGEMテーマ:日記・一般

夏祭りがたけなわですが、土曜日に渋谷の宮下公園でも夏祭りが開かれました。
ちょっと普通の祭りと違うところは、野宿者の方々と支援者が中心となって開催されているところです。

渋谷では、宮下公園や美竹公園などから野宿者の追い出しが激しくなってきました。
また墨田区でもスカイツリー開業に伴い、追い出しが行われています。

そういった理由からか、「火を使うな」とか「カラオケがうるさい」とか色々、言われ今年はなかなか、公園の使用許可が下りずに難儀したようです。
例年に比べだいぶ、規模は縮小したように思います。

(以前の夏祭りはこちら)
http://blog.iwajilow.com/?eid=864206

でも、「笑う権利」は誰にでもあると思うんですよね。

そしてまた野宿者問題は追い出して見えなくすれば解決ってことではないと僕は思っています。


25日宮下公園


宮下公園の状況をパロった芝居の上演


亡くなった野宿仲間の供養台が置かれていた


 
posted by iwajilow | 09:05 | 公園は誰のものか | comments(0) | trackbacks(0) |
ヒカリエ開業の影で…
JUGEMテーマ:日記・一般

渋谷再開発、けっこうな事じゃありませんか。
スカイツリー開業、けっこうなことじゃありませんか。

けれども、その影で泣いている人たちがいます。
公園をねぐらにしていたホームレスの方々が「公園整備」という
名目で追い出されていきました。

渋谷では一昨日、ホームレスの方々が寝場所にしていた
公園と駐車場が突然閉鎖されました。

ホームレスの人たちは追い出され、ただ彷徨うばかりです。

地下の駐車場は夜だけ、眠りにきていたそうです。
その場所がなくなりました。
どこで寝たんですか?と聞くと
「歩道橋の下だよ」と言っていました。
ただ歩道橋の下は雨が吹き込むだけでなく
雨量が多いと下を水が流れていくのでびしょ濡れになるそうです。

死ねばいいと思っているのでしょうか。

根本を何も解決せず、ただ見えなくすればいいという政策です。
この構造はフクシマと同じです。

収束宣言を出したことで、事故は終わったことにする。
ホームレスを追い出したことで、貧困問題は解決したことにする。

僕は以前、ホームレスの人はただの怠け者だと思っていた時期があります。
けれども、取材を重ねる上でそれは偏見だということに気がつきました。
(もちろんただの怠け者の人もいるにはいます。偏屈な人もいますが…)

なぜ、ホームレスになってしまったのか?
多くは貧困です。
生まれた家が貧しかったから教育を受けることができなかった。
だから日雇いの仕事しかなかった。

勤めていた会社がつぶれてしまった。
怪我をして、あるいは病気をして働けなくなってしまった。
小さい会社だったから保険にも入っていなかった。
年が年だから再就職もできなかった。

大阪の釜が崎を取材していた時に
「雇用の調整弁」という言葉を聞きました。

全ての国民に安定的に仕事を提供できるわけではない。
景気には波がある。
仕事が多い時にはたくさんの人手が入り、
仕事が少ない時には人はいらない。
釜が崎の労働者は多くは日雇いで、いつでもクビが切れます。
だからその調整弁を担わされてきたということです。

そういった意味でこういった人たちは便利に使われて来たのです。

弱者だからいって使いたいときだけ
使ってあとは知らんぷりというのは僕はナシだと思います。


ヒカリエ


封鎖された美竹公園


美竹公園から見えるヒカリエ


封鎖された地下駐車場




 
posted by iwajilow | 11:39 | 公園は誰のものか | comments(1) | trackbacks(0) |
水を飲むなら撮影するぞ
JUGEMテーマ:日記・一般

防衛庁のお役人様の選挙への関与が明らかになりましたが
これだけなのでしょうか?

僕が知っている限りでも数限りなくあります。
特にこれはお役人様ではないですが電力の方々の選挙応援はすごいです。
この国の民主主義というのは、そういった力を持つ方1%の方が牛耳っている
似非民主主義と思わざるを得ません。

<沖縄防衛局>投票呼び掛け 過去の局長も
毎日新聞 2月2日(木)2時31分

 田中直紀防衛相は1日、沖縄防衛局が沖縄県宜野湾市長選(12日投開票)の「有権者リスト」を作成した問題で、同局職員に市長選への投票を呼びかける講話をした真部朗(まなべろう)局長について、更迭も含めて厳正処分する方向で調整に入った。真部氏は1日、抗議に訪れた国会議員らに対し、国家公務員法などに抵触する可能性を「自覚している」と語った。過去の選挙でも、沖縄防衛局による投票呼びかけが組織的に行われていた可能性が出ている。
 田中防衛相は1日夜、防衛省で政務三役会議を開き、対応を協議した。しかし、真部氏が投票呼びかけの講話を「名護の選挙でもやった」と明らかにしたことなどを考慮して、引き続き調査することで一致し、この日の処分決定は見送った。防衛省は田中氏をトップに政務三役や幹部らでつくる調査チームを発足させ、5日の宜野湾市長選告示までに真部氏に関する調査を終える方針を確認した。
 防衛省関係者によると、過去の沖縄県知事選でも、真部氏とは別の局長が幹部職員に投票を呼びかけたことがあったという。知事選は米軍基地問題が最大の争点で、当時の局長が幹部職員を集めた会議「局議」で「投票に行くように。職員にも言ってほしい」という趣旨の話があった。ただ、誰に投票するかについては一切話がなく、メールを使ったりリストを作成したりもしなかったという。
 関係者は「選挙で職員に投票を呼びかけたことは防衛省も知っているはずだ」と話し、組織的に行われていた可能性を示唆した。




さて最も力のない人にお役人様たちはどういう扱いをするのか。
昨日、東陽町で野宿者とその支援者の方々が江東区に対して抗議する集会が開かれました。
これは先日、お伝えした堅川公園で27日に公園封鎖が行われたこと、行政代執行という強制排除に抗議するとして行われたものです。




1日午前11時 江東区

主催した方によるとそもそもこの行政代執行は去年の12月22日に江東区役所から堅川公園のテント住民たちに弁明機会の付与通知書が配られたのが行政代執行の始まりだそうです。
彼らは明けて1月5日、江東区役所に弁明書を持っていきますが、付与通知書を配った責任者には会うことを拒否され弁明書をおいてきました。

しかしその後、追い出しはしないと約束していたのに突然1月27日に区の職員、ガードマンや業者など100人を超える作業員が公園を封鎖しました。さらに説明を求める人たちに対して殴るける引きずるなどの暴力を使って排除したといいます。行政代執行手続きも取られていなく、周りには警察も見張っていたが暴力は見て見ぬふりをしていたそうです。

以前小屋のあった場所からテントは消えていました。ここの住人たちは公園の別の場所に移動しましたが、テントのある場所と水道の間にフェンスが立てられました。水を使う場合は、このフェンスを超えなければならない状態になっています。しかも当初はこのフェンスを越えて水のみ場にたどり着いても水道の元栓が締められていて水が出なかったそうです。抗議して、「水道を使うことは黙認する」とされたものの、この水のみ場を使うときはカメラで撮影をされるそうです。


1日 堅川公園


先月22日 堅川公園

どこにカメラがあるのかと思ったら、車の中に役所の人間がいて、水飲み場に来る人を撮影しているそうです。なんと建設的な仕事をしているのだろうと感心してしまいました。この人たち、ほかに仕事ないのでしょうか?水を欲する人にプレッシャーを与えることが自治体の仕事だと僕は知りませんでした。素敵なお仕事ですね。



ブルーシートのかかる公園に作られたフェンス


フェンスの向こうの水飲み場 車の中でカメラを構えている

そして現在、以前テントのあった場所には、体の調子が悪い人が一人住んでいてこの人にも行政代執行の令書が渡されていて、移動しなければ2月6日〜10日までの間に行政代執行をするといっているそうです。僕が昨日、言ったときも区役所の職員が「安否確認」といってその住人を訪ねていました。


一つだけ残ったテント小屋

さて、区役所はなぜ突然公園を封鎖したのか?
区は「テントがあると危険」と説明しているそうです。

この野宿のおっちゃんたちを支援している人はこういっていました。
「ここに住んでいるおっちゃんたちは10年以上住んでいて地域の人たちも差し入れを持ってきてくれるとか交流もあって良好な関係を築いていたんです。それを『危ない』とか言って野宿者を犯罪者のように扱って差別を助長し関係を分断するようなことをしているんです」.

本来、人々は助けあっていくものだと思いますが、区は何のために差別感情を助長させるのでしょう。
まさか、工事の業者さんのためじゃないですよね?


公園の入り口のスローガン


入り口に張られたビラは「決して危なくありません」と共生を呼び掛けている



posted by iwajilow | 07:46 | 公園は誰のものか | comments(0) | trackbacks(0) |
橋の上からモノを投げて来るんですよ…
JUGEMテーマ:日記・一般
 
今日、亀戸で野宿者のデモ行進がありました。
堅川河川敷公園で小屋を作って住む野宿者の方々の強制排除に抗議をするデモです。


22日午前11時過ぎ 亀戸駅前


参加者はおよそ200人

現在、この堅川河川敷公園では改修工事のためということで16軒の方々に行政代執行の戒告がされています。支援者によれば、このままだと1月の末から2月初めには行政代執行によって強制的に排除されてしまうだろうとのことです。


堅川河川敷公園


僕はホームレスの取材をする前までは、公園に住む野宿者について深く考えたこともなく、「なんでこんなところにいるんだろう、邪魔だ」とか「ホームレスになったのは自分のせいじゃないの、働かないからだ」とわかったような青臭いことを思っていました。

しかしホームレス取材をすることで、その僕の考えが一面的であるということにようやく気が付きました。

それが全部だとは言いませんが、僕が取材した方の多くはサラリーマンをやっていて、会社が倒産した。あるいは寄せ場で働いていたけども、年をとって仕事がなくなってしまった。あるいは病気をして働けなくなってしまった、という人たちでした。

なぜ、都が用意した無料アパートとか利用しないのか?たいてい期限が設けられています。1年と、2年とか。野宿者の多くは高齢者です。その間に定職につける可能性は限りなくゼロに近い。すると2年経つとどうなるのか?何もないところに放り出されます。その時にはかつて自分が住んでいた小屋はもちろん取り壊されています。新しく作る場所もありません。だったら、小屋にいた方がいいじゃないか、ということになります。

なぜ、職業訓練を受けないのか?ホームレスになっている人の多くはかつて職人さんでした。ボイラー技士とか大型特殊とか技能を持っている人が少なくありません。それでも就職がないのが現実です。かつて溶接の職人だった人がホームレスになり、行政の勧めで、そういった支援センターに行きました。習ったのはパンクなどの自転車の修理の仕方だったそうです。若い職員には「おっちゃんも手に職をつけないとダメだ」と言われたそうです。

堅川公園に住む方々も様々な仕事をしていました。
陳述書をいただいたのでそこから抜粋します。

「中学を卒業してすぐ船用のランプなどを作るガラス工場で働くようになりました。22歳まではそこで働きました。サラリーマンでした。工場が蒲田にあったので横浜から蒲田までバスで通いました。景気がいい時だったので仕事はたくさんあり、給料はそんなに高くなかったのですが、ボーナスが年い5回出るようなこともありました。しかし昭和49年のオイルショックで倒産し、工場の40人〜50人全員仕事がなくなりました」

この方はその後、住み込みでパチンコ屋さんの店員を10年、新聞の配達を住み込みで10年、その後解体の仕事をおよそ10年続けましたが、仕事で失敗しその後ホームレスになりました。現在は61歳、アルミ缶集めで生計を立てているそうです。

船乗りを13年やった方は船乗りを辞めた後、東京へ出てきました。
「東京で、鳶、左官、重機のオペレーションをやりました。山崩しと言って山のてっぺんに機会をあげて上からずっと地盤を下げていくという機械のオペでの仕事もやりました。日雇いではなく正規の仕事で3年くらいやりました。

シールドトンネルの工事の準備作業もしました。地下を掘る仕事でシールドという機械を使ってトンネルをつくっていくためには立坑を掘ってから横掘りをしなければなりません。その準備の仕事です。6〜7年やりました。

その後、ハウスの組み立ての仕事をしました。現場にキットになったハウスの材料を積んでいって組み立てる仕事です。6年くらいやりました」

この方も62歳で、現在はアルミ缶集めで生計を立てています。

ある支援者の方はこう話します。
「自然災害で家を失った人が公園に仮設住宅とか建ててもらうじゃないですか。野宿者はなんで野宿者になった原因は大きくは不況です。この不況も自分の力ではどうしようもない。そういう意味では災害ではないでしょうか」

現在、こういった野宿者のテントには嫌がらせが相次いでいます。
ここも小屋の上にネットが掛けられていました。これは彼らがかけたようです。

小屋の住人はこう言っていました。
「上から、缶だとかゴミだとか投げて来るんですよ。でもこのネットを通り越してくるからねぇ。。」


小屋の上にネットが張られている


橋の上から

そして、小屋には「安否確認不要」という張り紙がしてあります。

これはガードマンやら区の職員が安否確認と称してやってくるそうです。これが善意の安否確認ならいいですがどうやらそうでもないようです。

「昨年9月から江東区はガードマンを雇い、3人グループにして週に1〜2回とんでもない時間帯に巡回させています。午後11時に来ることもあれば午前2時や3時に来ることもあります。仲間のテントを勝手にあけ、寝ている人の顔に懐中電灯で光をあてて『ここは住む所じゃない』『早く移動しろ』などと口汚く起きるまで喚き散らすような嫌がらせをしてきました」

また江東区の水辺と緑の課の課長がヤクザまがいの言葉で野宿者たちを脅したという証言もあります。

「弱い者に強い」って僕は恥ずかしいことだと思っています。


たくさんの張り紙


健康なので安否確認不要です




posted by iwajilow | 16:51 | 公園は誰のものか | comments(1) | trackbacks(0) |