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分断されるフクシマ
JUGEMテーマ:日記・一般

福島で取材をしていると重い気持ちになります。
それは原発によるやりきれない被害がすべての人に重くのしかかり
さらに、政府や東電の対応によりそれぞれの気持ちが分断されているからです。
原発から30膳内周辺の帰宅困難地域をはじめとする、避難を余儀なくされている人。
郡山市、福島市などから自主避難をしている人。
そして会津若松などあまり放射能の影響はないものの、観光や農産物などに大きな影響が出ている地域の人たち。

補償のあるなしもあります。避難住民を受け入れている人々、避難している人々という立場による微妙な感情のズレがあります。

同じ被害者でありながら分断されている感じます。

郡山から自主避難している方は「30膳内の人とはやはり溝があります」と言っていました。

そして郡山で乗ったタクシーの運転手さんはこんな話をされました。

「今、郡山の夜の街を支えているのは浜の方から避難してきた人たちですよ。1/3くらいはそういう人たちじゃないですか。原発から10舛箸20舛箸、相当補償ももらっていますから。月一人当たり10万円ですよ。生まれたばかりの赤ん坊から寝たきりの年寄りまで全員に10万円ですから、向こうにいた時よりも金は入ってくるわけですよ。それが1年7カ月、もう飽きちゃって仕事すれば補償を減らされるから仕事しない。

だから昼間はパチンコ、夜は飲み屋ですよ。人間をダメにしますね。一生補償金をもらえるならいいけど、いつか切られる。そのとき、どうするんですかね」

こういう気持ちを持っている人はたくさんいるのだと思います。

事実誤認もあります。仕事をしても補償は減らされません。そしてまさにいつ切られるかわからない、補償のため、若い人たちは仕事を一生懸命探しています。しかし、いつまた引っ越すかわからないような仮住まいではアルバイト程度の仕事しか見つけられないのも現実です。年齢的なこともあります。家族を抱えて、いつ切られるかわからない補償だけでは心許ありません。

それまでは大家族で大きな家に住んでいました。それが仮設の6畳2間の生活になりました。田んぼも畑も墓も失いました。

家は築100年でした。補償されるかどうかわかりません。仕事も失いました。店も失いました。工場も失いました。趣味で集めていた盆栽も放射能を浴びて持って来れないと言われました。将来の見通しは立ちません。ばあちゃんは痴呆が進みました。要介護5になりました。家族はバラバラになりました。友達はみんな遠くに行ってしまいました。子供は原発立地地域から来たといじめられ不登校になりました。

でも月に10万円もらえるんだからいいだろ?
とは僕は言えません。

避難されている多くの方がこう言います。

「補償も何もいりません。ただ、事故前の生活を返してください」


たくさんの誤解があります。
しかし、それをわざと放っているような気がしてなりません。。。

 
posted by iwajilow | 00:04 | 原発は怖いよー | comments(0) | trackbacks(1) |
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